| 2006年12月24日 |
今年は最初で最後となるであろう大きな手術を乗り越え決断の年となったミッキーだが、イヴの今日元気に13歳の誕生日を迎えることができた。
高齢の身に全身麻酔はやはりきつかったのだろう、術後の対面では「しなければよかった・・」と本気で後悔もしたが、一番の得意分野である食欲が復活した後は怒涛の如く日に日に元気を取戻し、糸を付けたままジャンプ、スキップ、地団駄までこなし手術の即効性を身を持ってアピール。
これにはみんな避妊手術の意味を痛いほど思い知ったのでした。
マリーの母として、アシュのおばあちゃんとして、そして天国から見ているケイの連れ合いとしてこれからもマイペースでタヌキのミッキー宜しく悠々と過ごしてくれれば嬉しいよ。 13歳おめでとう!

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| 2006年12月2日 |
アシュ今期2度目の出猟。
昨年はマリーのバベシア闘病と義母の葬儀とその後の諸々の雑用など、とても猟に出るという雰囲気ではなかったこともあり一度も山遊びをしていないアシュにとっては、2年ぶりの猟犬復活である。
当日はスプレーで念入りにダニ対策をして、ネームプレート付きのチェーンのカラーには一応熊対策の鈴も付け準備はOK。
動きに合わせて鳴るチリチリ音は、アシュの弾む心そのもののよう。
身体に合わせた大き目の鈴が連なったものを付けたマリーパパはまるで山伏みたいだ。
ご隠居ミッキーと留守番がすっかり板に付いたマリーは、あっさりお見送り。
午後になってからヤマドリが獲れたと連絡が入る。
「カメラの用意」って、帰宅は1時間後なのに・・アシュと獲っただけに余程嬉しかったようだ。
四肢を土色に染めて戻ってきたその表情には、どこかキリリとして凛とした戦闘モードが残っていた。
収穫は二の次という思いは変わらないが、普段は見ることがない研ぎ澄まされた表情はやはり結果あってのことなのだろう。
今期最初で最後になるかもしれないので、ちょっと得意げな3歳7ヶ月の猟犬アシュを記念に。
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| 2006年11月27日 |
今回は三代記にも拘らずMMAとは全く関係のない内容です。
心に留めておきたいこと残しておきたいことなど、気楽に色んなコトを書きたいという気持ちになりましたので・・・
写真は、先日ライブを観に行った大阪城ホール近くの夜景です。
11月23日、この日は待ちに待ったコンサートの日、MMAは休日のマリーパパに預けて外出。
今回はというか今回も、息子と一緒に行ってきました。
早めに会場の近くまで行き、まだ明るいうちにニューオオタニで食事をした後外へ出てみると、いまいちだった紅葉に青いイルミネーションが点灯し辺りはもう驚くほどの別世界。
気持ちは城ホールへと飛んでいる私をよそに、写真好きの息子は何度かシャッターを押していました。
会場前に着くとポツポツ雨が降り出している中、既に人が並び始めていたもののかなりスムーズに入場。
アリーナ席の8列目目指して早足で滑り込みました。
「えっ!ここ?」と確認したのは前から3列目のど真ん中。
なんと、6列から始まっていたんです。
20代そこそこならきっとキャピキャピ言って騒いでただろうけど、現実はご存知チーム中高年。
地に足が着いていない状態でも、見た目は平常心!無駄にエネルギー酷使は後で後悔するものです。
さすが人気グループだけあって、若い女の子が圧倒的に多い。
でも、見渡せば同じチームっぽい人たちも居る居る・・!(かなり安心)
コンサートは予想に反してほぼ定時にスタート、これから2時間半立ちっぱなしの修行の始まり。(笑)
周りは、息子の2つ隣の席のおばあちゃんを覗いて誰も座っていない。
9千人を呑み込んだホールは、この日立ち見席まででたものの普通に全員立ち見状態。
どの曲も感動ものでしたが、最後の「アイランド」、アンコールで歌った「3月9日」、心に染みました。
私にとっては今年最大のイベント、これはもう自分へのご褒美にしてしまうしかないか・・・
なんて言いながらもオークションでゲットした高額チケットは息子持ち。
感謝、感謝。
古くはチューリップを彷彿させる要素もあり、またスピッツにも通じる優しさも散りばめられた彼ら独自の感性。
日本語を大切にしたメロディと高音へと突き抜ける清々しさ、彼らの魅力を全身で感じられた幸せ感に酔いしれました。
1年前「粉雪」を初めて耳にした時からずっと気になっていた存在、以前冬ソナを観た途端韓流にはまったのと似ているかもしれない。
幸せな時間をありがとう〜〜! おばさんも大好きよ、レミオロメン!
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| 2006年7月11日 |
マリーの避妊手術のため病院へ行く。
午前中は検査をして、午後から手術の予定である。
先生の説明では、マリーの場合バベシア病歴があるため術前検査は通常よりしっかりしましょうとのこと。
また、血液検査のついでに採血してバベシアPCR法検査に回す予定だという。
PCR法検査のことをお聞きしてから、一日でも早く結果を知りたいと願っていたのでこの日の採血は飛び上がるほど嬉しかった。
執刀していただくのは、ミッキーの時と同じく全幅の信頼を置いている主治医のM先生である。
1ヶ月前に大きな手術を乗り越えた経験から、今回は不安よりも期待の方が遥かに大きい。
メスを入れる長さも、ミッキーの三分の一ぐらいである。
診察台でただならぬ気配を感じて目を大きく見開いて不安そうに訴えてくるマリーをお願いして一旦帰宅した。
3時半過ぎに、先生から手術終了と経過報告の連絡が入る。
出血は思っていたより少なく、麻酔が効き出してから毛を剃り一通りの手術を終えるまでに要した時間は1時間ほど。
まだ少しぼ〜っとしているが自力呼吸をし始めたところだという。
迎えは6時ぐらいにということだったので、その時間にマリーパパと病院へ向かう。
処置室で対面したマリーは興奮した様子で早く帰りたいとバタバタしていて思いの他元気である。
しかし先生の言葉通り、目の様子や動きからまだ完全に麻酔から覚めきっていないのが分かった。
傷口は何も着けない方がよいとのことでそのままの状態だったが、傷口は左右のお乳の間を臍から下に切り込みが入り両方のからやや垂れたお乳が上手く傷口をカバーしてくれているように見えた。
検査で撮ったレントゲンも見せてもらったが内臓は全て何の問題もなく健康、血液検査もヘマト56、2 血小板19、3で良好。
ヘマトは最悪時12だったことを思うと、四分の一以下の血液量からよくぞここまで復活してくれたと思うと何とも感慨深いものがある。
救っていただいた命とマリーの生命力に応えてあげるためにも、このタイミングで避妊手術を決めたのは最良の選択だったと思っている。
少なくともこれで乳腺炎になることも、また免疫力の低下からバベシアを警戒することもしなくて済むのだから。
次は2週間後の抜糸と、バベシアの検査結果報告を待つばかりである。
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| 2006年6月25日 |
24日が抜糸予定だったので、朝10時半過ぎ受付を済ませるも順番はなんと52番。
この時間で16番まで終わってるものの、3時間待ちでも効きそうにない。
早くエリザベスカラーを取ってあげたいのだが、午後から用事があったため25日の早朝に出直すことにする。
それにしても、相変わらず土日は混んでいるものだと実感。
今日は早く順番を取ったため5番、9時過ぎに改めてミッキーを連れて行く。
先ずは病理検査結果の説明を受けた。
専門用語がずらりと並んだ報告書を、分かり易く図に示して説明してくださった。
それによると、乳腺腫は腫瘍周りをかなり大きめに取った外側の切除縁にも腫瘍組織は見られなかったので、完全切除できたと言えるとのこと。
また、腫瘍部分を横切っている血管に浸透は見られず、これによって血液を通しての移転の心配は要らない。
ただ全く良性という訳でもなく、一部分に異型な上皮細胞が見つかったためこれからも定期観察は必要ということである。
また子宮・卵巣に見られた腫瘍は良性で、今回の外科切除で良好な状態になるだろうとのこと。
以上の結果報告を受け、正直一抹の不安は拭いきれないが、高齢にも係わらずこのタイミングで手術に踏み切ったことは晩年に向けての健康を維持する上で避けては通れなかったのだということを改めて感じた。
さて、本来の目的である抜糸の方はというと、部分的にもう少し残した方が良いだろうと判断され完全抜糸には至らなかった。
元々Y字に切り込んだ真ん中の部分はくっ付き難いそうで、念のためにもう1週間様子を見ましょうとのこと。
この辺りは13歳ということも少なからず影響しているんだろうか・・
ということで、すっかり慣れた鎧生活だがスッキリするのはもう1週間先になった。
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| 2006年6月13日 |
今日はミッキーの退院の日だ。
朝いつものように面会に行き、予定通り退院できることを確認するため先生とお話していると包帯なしの裸のミッキーが病室からでてきた。
どうやら身体を拭いてもらっていたらしい。
ついでなので、そのまま病院の前をゆっくり散歩させようと思い連れ出すと、いつもの引っ張りでぐいぐい歩く。
大きい手術からまだ3日しか経っていないので引っ張られる方はハラハラするばかり。
傷口が可哀想になり、オシッコをしたことを確認してまた病室へ戻った。
夕方改めて迎えに行くと、ネットの服を着せて貰って準備OKで待っていた。
術後2日間は患部にチューブを入れて、染み出てくる液体を体外へ排出していたため3日後の退院となったのだ。
お腹は負担が小さいY字に切り開いたとのことだが、まだ患部を見てはいない。
身体を覆っているネットは、ずっとしている必要はなくかえって取り除くことで乾燥させた方がいいとのこと。
しかしまだ患部むき出しはちょっと辛いので、もう暫らくこのままでいてもらおう。
外見上は分からなかったのだが、背中を撫でるといつもより背骨の当たりがしっかりしていた。
少し痩せたようだが、見た目に反映しないのがミッキーらしいところだ。
さしずめ、色白のアルマジロという表現がぴったりの今日のミッキーである。

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| 2006年6月11日 |
術後2日目のミッキーに会いに行った。
ミッキーが入っているICUは診察室の一番奥の部屋にある。
早足でたどり着いた先には、チョコンと座っているミッキーの視線があった。
今日は、しっかり目を開いているし座っている。
昨日の面会で感じた痛々しさは、一晩でかなり改善されているように見えた。
痛みはあるだろうに、身体の震えは全くない。
息子がドア越しに顔を近づけると、「だして〜」と言わんばかりに足でゴリゴリと掻いてアピールした。
うな垂れて目を見ることもしなかった昨日とは大違いだ。
先生にお聞きすると、術後の血液検査も良好で特に問題は見当らないとのこと。
退院も当初の予定通り13日でいけそうだ。
このまま順調に回復してくれればこんな嬉しいことはない。
外へ出すと点滴を付けたまま力強い動きをするので、慌てて身体を掴むも包帯だらけでどこを触ったらいいのやら迷いながら、とりあえず頭とお尻で何とか行動を制御できた。
BOXの中のフードを見ると手付かずのようだったので、持ってきた鳥レバーミンチを上げてみると食いつきもよくあっという間に平らげた。
まったく気侭なやつ。
ご飯も食べてくれたので、余計な体力を使わないようにまたBOXの中へお尻を押しながら戻したら、勢い付いたのか中のフードをすごい勢いで食べだした。
あとは水もしっかり飲んで、昨日からしていないおしっことウンチが出れば安心なのだが。
マリーもそうだったが、排泄はBOXの中では絶対にしないので折を見て外へ連れ出してもらうようにお願いする。
若い子のような早い回復は期待できないかもしれないが、一晩でこの回復力はすごいと感じた。
「さすがブリ!!」と叫びたい気分だ。
底知れぬパワーは、老犬になっても土壇場では健在ということなのか。
ただの落ち着きのないワンコじゃないぞ〜ブリタニーって。
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| 2006年6月10日 |
ミッキーが12歳半で初めての手術に挑んだ。
お腹にできた乳腺腫を取り除くためだが、同時に避妊手術も行った。
朝10時に入院して検査の後、2時頃から始まった手術は1時間半ほど要し3時半に終了した。
皮下脂肪が多いミッキーは、通常より時間が掛かったそうだ。
手術自体は無事終了したのだが、その後麻酔から覚めるのに時間が掛かり、先生から連絡が入ったのは4時半頃だった。
とりあえずほっと胸を撫で下ろす。
自力呼吸はしだしたが、まだ意識はもうろうとしているとのことだったので、少し時間を置いて5時過ぎごろに面会に行った。
薄いめの酸素が補充されている集中治療室の中で、首からネット状の包帯で身体を包まれたミッキーは舌を出し半開きの目で小刻みに震えていた。
私がガラス越しに見守っていると、先生が「開けてもいいですよ」と言って下さったのでそうっと頭を撫でながら声を掛けてみると顔を上げ反応してくれた。
震えているのが気になったので尋ねてみると、痛み止めを打っているものの完璧に取り除くことはできないそうで、それが原因になっているのだろうとのこと。
切除した患部を見せてもらいながら説明を受けた。
術前に腫瘍の周りを2〜3cm切除するということは聞いていたものの、実際切取った患部を見てその大きさに驚いた。
人間で言うとちょうどAカップの乳房ひとつぶんぐらいだろうか、ひとつ付いていた乳首に余計ショックを受けた。
大きさは手のひらぐらい。これだけのモノを取り除いたのだから、さぞかし身体への負担は大きいだろう。
もうひとつ、ついでにした避妊手術だったが、これが思わぬ吉とでた。
取り出した子宮も見せてもらったのだが、左の方が右に比べて部分的に肥大していた。
子宮水腫というそうだ。
溜まっているのが水のうちは問題ないが、膿になるとたちまち手術が必要になるので今回の手術で取り除いて正解だったということだ。
その他にも小さいものも含んで幾つかの塊が見られた。
この年齢になると、子宮のトラブルは多少なりとも出てくるという事は知っていたが、目で見て更に実感した。
ヒートの不規則さは、人間と同じように「もう歳なんだから・・」で片付けるのは大きな間違いだと知った。
それは、子宮がトラブルを起こしていると考えないといけない。
これまでは、子孫を残してあげたいという思いもあり、避妊手術や去勢手術は避けられるものなら一生させたくないという考えを持ち続けてきたのだが、ここにきてそれがベストではないとミッキーに教えられた形になった。
切取った腫瘍と子宮は病理検査をお願いした。
痛い思いをさせたのだから、この際しっかり調べてもらおう。
明日は、今日よりも元気になったミッキーに会えるのを楽しみにしよう。
今夜は辛いだろうに・・・頑張れミッキー! ゆっくり元気になればいいからね
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| 2005年7月21日 |
祇園祭が終わり、いよいよ本格的な夏の到来である。
早朝から蝉が勢いのある声で煩く鳴いている。
今日はケイの命日だ。
今月の12日にはケイの最初のこどもたちも10歳を迎えた。
ミッキーが追いつき追い越し、こどもたちも後3ヵ月で父の年齢を超えることになる。
もし生きていればという表現も段々現実味がなくなってきたが、元気なら15歳の超高齢犬になっていたはずだ。
5年経った今も色褪せることなく、それは大きいスクリーンに映し出されるかのように
ハッキリと残っているものである、思い出というやつは。
あの日、中庭で横たわっているケイをベッドの窓越しに見つけた義母は
「あれ、何!何や?・・私の代わりに逝ったんか?」と小さな声で叫びながら流れる涙を手で拭っていた。
この頃、既に闘病する身となっていた義母には知らせたくなかったケイの死だったのだが・・
87歳になった今も、逞しく命の火を灯し続けることができているのは、もしかしたらケイの仕業なんだろうか。
彼が残してくれたマリーとアシュの中には、毎日のように元気な頃のケイが顔を出す。
そんな時の彼はいつもお茶目で可愛い。
特にマリーは、男の子だったらケイそのものだっただろうに・・と思わせるほど表情や動作が似てきた。
それはまるで、娘の姿を借りて家族の中で生き続けているかのようだ。
『 忘れて欲しくないのはよく分かってるよ、ケイ。
大丈夫!忘れたくても忘れられないよ、これだけ頻繁に顔をだされると。 』
思い出は時として残酷なものだ。
ケイの晩年の記憶を消し去ることが出来れば、お茶目なケイとこれからもずっと心置きなく付き合えるのに。
今年も酷暑の始まりにはケイの最期を想い、また涙する。

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| 2005年7月10日 |
マリーのふたりの息子のエディとジェイである。
生まれた時から容姿・体格が瓜二つの彼らは、私たちを随分悩ませたものだ。
大体は顔で見分けが付くものなのだが、彼らの場合これを瞬時に判断するのはなかなか難しかった。
白いラインの入り方から目元までは全く同じで、唯一口の周りの白さ加減逆を言えば黒い斑点の多少で「クロ」と「シロ」と呼ぶことにしたのだった。
現在2歳3ヵ月・・・それぞれのご家族の元で青年へと成長したふたりだが、大人になった今もこれだけ似ている彼らを嬉しい驚きを持って見入ってしまった。
さて・・ご覧の皆様、エディとジェイ ジェイとエディ どちらがどの子か見分けることが出来ますか?

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| 2005年4月30日 |
今年は庭の藤の木に沢山の花が付いた。
長男の誕生の年に植えたので、もう23年目を迎えることになる。
鉢植えの50cmにも満たなかった若木が、今は2階の窓まで蔓を伸ばしている。
年月というものは人間にも動物にもそしてまた植物にも様々な歴史を創るものだ。
息子たちの誕生と成長、ケイを迎えた時から始まる怒涛のブリタニーヒストリー、それと連動しながら生き抜いたこの藤にも一端の歴史がある。
とりわけこれを知る者としては、甘い香りを放ちながら風に靡いている花房を感慨を込めて眺めている。
もともと日当たりの良くない中庭に植えたこともあり、花芽を付けるまで10年近く掛かった。
それまでは緑を楽しんだり夏の陽射しを木漏れ日にしてくれるだけで充分だったのだが、思いもしないことがきっかけとなり少しずつ花をつけるようになった。
それはケイを迎えたことから始まる。
彼は毎日のように藤の木めがけてせっせと用を足し続け、私は枯れることを心配して水を流し続け・・の繰り返しだったのだが、そのうち枯れるどころかぐんぐん蔓が伸び何本も絡み合いながら枝になり、ひたすら養分を吸収すること約2年。突然誰にも気付かれないまま蕾を付け、生い茂った若葉に隠れるようにして数個の花を咲かせたのだ。
苦節10年、何が味方になるか分からないものである。
その年から毎年のように花を咲かせていたのだが、新たな強敵ミッキーがやって来たのだった。
今でこそ置物のようにのんびりした姿で暮らしているが、当時は噛み癖が酷く外ではこの木が恰好の標的になってしまい口の届く範囲は樹皮が剥がされ抉られ・・と、やりたい放題になってしまったのだ。
スプレーや包帯の様に巻いたガムテープも効き目なし。
ここまでくれば木の生命力に任せるしかないと思い始めた頃、やっと噛むことから卒業したのだった。
そこまで持ち堪えられる太さがあったとは思えないのだが、目で確認できるようなダメージもなく今日の姿に至っている。
今は幹の傷も年を重ねた古木の味のある形となって満開の花を支えている。
上から順番に花を咲かせる藤は桜のような儚さはないが、風に揺れる花簾が何とも優雅な雰囲気を醸し出してくれる花だ。


藤の花に群がるミツバチを見つめるアシュ
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| 2004年12月24日 |
名実ともに『おばあちゃん』と呼べる年齢になりつつあるミッキー。
今年も元気に11歳の誕生日を迎えることが出来た。
普段はおっとりしているのだが、食べ物絡みになると豹変してキレのある動きに変わるのは、満11歳というこの歳になっても健在だ。
二度の出産を経験しながらも、病気や怪我とは全く無縁の生活を送ってこられたのも彼女の丈夫さに尽きるのだろう。
マリーが「出産は軽いものではない」と私たちに教えてくれてからは、ミッキー株が一気に上昇した。
何をするにも一生懸命なのに、何故か笑えるキャラクターはチャップリンにも通じるところがあると最近漸く気が付いた。
体の重さが邪魔をして、ジャンプする時などは思わず「よいしょ!」と声を掛けたくなるのだが、自ら助走をつけ
るために後戻りして軽やかに見せるあたりはさすが年の功だと感心してしまう。

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| 2004年11月24日 |
休日を調整して今期2度目の出猟となった。
準備は万端だったが、今日で三日目の晴天続き。猟にとってはむしろ荒天の方が条件は良い。
天候が崩れる方が採餌活動が活発になり、その分警戒心も薄れることになる。
本日の第一地点は丹波K市の某萱原地点。昨年に何度も出会いがあったが何故か射撃チャンスには恵まれなかった地点だ。
最初から出会いがあるものと、人指し指と中指の間に5号弾を挟んで2頭を放した。
もちろんマリーとアシュである。
彼女らは私が「こんなに飛ばして大丈夫か?」と思うほど精力的に動き回った。
しかし、漸く霧が晴れたばかりの萱原は結露が強くまだ鳥の活動には不向きだったのか、早朝から日照に恵まれていた小山の頂上付近で一群のコジュケイを発見した以外には決定的な出会いはなかった。
二箇所目の予定地点に移動中、ゴルフ場の外周を流れる小川に沿って長い葦原があるのを発見した。
やや車道に近いものの、奥へ進めばさほど心配はいらないと判断し、土手を100メートルばかり進んで両犬を放した。 いつものように2犬は互いに先頭を入替えながら奥へと進んだのだが、やや開けた途中からは自然と二手に分かれてしまった。
仕方なく私は気になるアシュの進んだ方向へ、萱の穂先の動きと今年から付けた熊除けの鈴の音を追った。
やがてアシュの気配が途切れた。2m以上もある萱に埋もれてアシュの姿は全く見えなかった。
もしかするとと思い、5号弾を薬室に装填して据銃し銃身で萱の穂先を左右に払い除けた時、けたたましい鳴声
とともに雄キジが低く翔び出すのが照星の上に捉えられた。
撃った瞬間にキジは萱原の中に堕ち、バタバタと羽音を立てた。
その地点に行くとアシュは既に来ていてキジに対して何かチョッカイを出すような仕草を繰り返していた。
アシュはまだ半矢の鳥にとどめを刺すことを知らない。
私はこれも試練だと思い、アシュの首輪を掴んでケージの中にバタつくキジと一緒に放り込んだ。
アシュ単独で確認出来た最初の獲物なので剥製店に持込んだのだが、主人曰く「歯型は付いていません」とのこと。
かねてより歯の柔らかさには驚いていたが、マリーママ曰く『心の優しい娘』なのだろうか???
それにしても駆け出しの猟犬では足元にも及ばないような丸々と太った美しい立派なヒネキジであった。
もしかするとケイの隔世遺伝の顕われなのかも知れないと、背筋に旋律が走った。
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| 2004年11月15日 |
今日は狩猟の解禁日だった。
この日に合わせて休みを取り準備万端で迎えたものの、天気予報ははずれることもなく朝から無情の雨となってしまったが上がるのを待ちかねたように、午後から遅い出猟となった。
足場が悪いということもあって、今日のお供はマリーだけ。
最初は鼻を鳴らして行きたいと訴えていたアシュだったが、すぐに状況を呑み込んだらしくミッキーと一緒に窓に張り付いて車を見送っていた。
うちでは一番小さいアシュが、意外にも一番物分りが良いのだ。
今でも、一頭づつ散歩に行く時は必ずマリー・ミッキー・アシュの順番しかあり得ない。
三頭飼いはそれなりにあれこれ考えないといけない大変さもあるが、
おっとりミッキーと我慢のアシュに助けられているところが多い。
マリー×3なら今の2倍の労力がいるかもしれない・・
と思うほどだ。
さて、話を戻して・・
初日の猟果は、あっけなく10分で終わったらしい。
この時期はまだ相手も油断しているようで、
毎年良いスタートとなるのだ。

今年度猟期が始まった。
このところ全国で熊の目撃が相次いでいる。
今年は例年になく、熊対策を必要としている。
熊撃退用のスプレーに熊除けの鈴。マリーの首にぶら下がっているのも犬用の鈴である。
平場のキジ猟ではその必要はないが、山ではいつ熊と遭遇するかも知れない。
今までは一猟期に一度有るか無いかの熊との出会いだったが、今年からは悠長なことは言っていられない。
隣県の福井や滋賀では熊の捕獲は許されているようだが、京都府では認められていない。つまり、熊を銃で撃
つと京都府では違反になると言うことだ。当然のことだが、ハンターが熊と遭遇する確率は一般人と比較して何
百倍何千倍も高い。しかし、ハンターが熊に襲われても素手で立ち向かえと言うことだから全く理解に苦しむ。
雨の中、形だけのつもりで西山へキジ猟に出かけた。
雨が少し小降りになって、刈り取られた田にカラスが群れていた。カラスの群れにキジが潜んでいることが往々
にしてある。雨上がりの採餌条件が一致しているのだ。
30羽ほどのカラスの群れに向かって進んで行くと、次々にカラスが舞い立ち逃げて行った。
カラスのいなくなった田の畦に何やら黒いものが潜んでいた。首をすくめていたが暫らく待つと赤い顔を見せた
ので据銃した。そこへマリーが突っ込んで来た。キジは一段下の田へ飛び込むように飛翔したが、その瞬間に引
鉄を引いていた。猟場に着いてから5分余り、犬がいてもいなくても射穫できる全く面白くない初猟だった。
15メートルほどの撃ち下ろし、帰って捌いてみると腹に大きな風穴が開き、肉の歩留まりは半分ほどしかなか
った。
初猟の獲物は全て彼女ら三代への土産となった。
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