G・Wの山中湖は、残念ながら富士桜は跡形もなく散っていたが八重桜は満開を迎えていた。

 昨年の10月以来、半年振りとなったマリーの子どもたちやベルちゃんとの再会、初対面のラルドくん・アランくん・チップくんとの顔合わせは、それぞれの個性を充分に発揮出来るエディドッグランというフィールドのお陰で、時が経つのも忘れるほど楽しい思いをさせていただいた。

 例年よりは早いとエディパパがおっしゃっていた木々の芽吹きも、私たちが滞在していた3日間でさえ刻々と新緑を際立たせているのがよく分かった。午前中は雨が降っているかと思えば、午後は打って変わって眩しいぐらいの太陽が顔を覗かせる。
この様な天候も一役かっているのかもしれない。

 早朝に湖畔を一周していると、小雨の中微かな陽射しの中うっすら現われた虹を見ることが出来た。
 またエディパパとママのお陰で雨は雨なりに楽しませてもらった今回の旅行のお土産は、何と言っても沢山撮って頂いた写真だ。

 瞬間を逃さない鮮やかさと愛情の目線に、ただただ感謝の気持ちでいっぱいだ。
2003年 6月 2日  昨日大阪空港の展望デッキから飛行機を見送り帰って来たのはちょうど羽田着と同じ時刻、9時50分だった。
 少し休んでから、ゆっくりもしていられないとあわてて模様替えに入った。
 もう大きなケージは要らないし、雨除けも必要ない。Astell1頭くらいなら何とでもなるのだ。

 一通り片付けてMarie&Astell母娘を庭で遊ばせていると、Marieが私を見てから車の方に向かって「ワンッ、ワンッ」と訴えるように吠えた。
 何を訴えているかは痛いほど解った。
 車から4頭の仔犬たちを早く出せと言うのだ。
 まだ新鮮な匂いが漂っていたのだろう。
 彼女は現実をどのように受け止めていたのか、このあとAstellを執拗なほどに追いかけ、じゃれあっていた。
 Astellが閉口して逃げ出しても、Marieからおもちゃを咥えて近づき『遊ぼ、遊ぼ』の姿勢を見せた。
 まるでどちらが親か子供か分からない状態だった。

 いつものことだが、仔犬たちを送り出してから暫らくは虚脱状態になり、誰も行ってしまった仔犬たちの話を口にしなくなる。
 私たちの関心が全てAstellに向かうには、まだ何日かの時間を必要としている。
 後継犬を残す為とは言え、失うものもまた大きすぎるのだ。
 
 そのため繁殖を決意するには随分とエネルギーを消耗してしまう。
 自分自身で淘汰を決意する勇気もないから、イン・ブリードはおろかライン・ブリードさえ躊躇してしまう。
 猟能を追求するのでなく、最初から家庭犬として結論づけている。
 おそらくブリーダーとしては失格だ。非情にはなれないからだ。

 今回のMarieの難産も、原因はすべてこのあたりにある。
 4歳半になるまで決意できなかったし、誤算もあった。
 全くの家庭犬ではなく猟犬として鍛えられている筈の彼女なら、体力的には充分だろうと思っていた。
 しかし甘やかされて育ったため、精神的な部分に甘さがあるのに気付かなかった。
 Mickyの時は全てがうまく行き過ぎたのだろう。
 Marieも母犬としては素晴らしいものがあるのだが、やはりMickyはお産の達人だったのだ。

 今後あれこれ悩んでも、結局はAstellの子を残すことになるのだろう。
 初産は2歳が順当なところだが、そうなれば、いくらなんでも四代も家に置くのは大変だから、Astellが4歳位の時の子になるが、そうすると2歳の時の子は全て出て行ってしまうことになる訳だ。
 何も手元に残らない侘しさを再度味わうことになるのだ。


 充分に懲りた筈なのに、「次はこうしよう。ああしよう。」ともう考え始めている。
 仔犬の可愛さと人間の欲望とは尽きることの無いものだ。

     5.31 Astell
2003年 6月 3日  そろそろ譲渡先の奥様方にもお疲れの出てくる頃だろう。
 ただ、どんなに疲れさせられ、振り回されても全てを許してしまう不思議な魅力がこの犬種にはある。
 全く小悪魔たる由縁だが、日を追う毎にますます深みにはまってしまう。
 Èpagneul Breton のTop Page に『幸か、不幸か』と書いた訳も少しはお解りいただけたのではないだろうか・・・
 私が犬を飼った経験のない方、環境の整っていない方、決意の希薄な方にBretonをあまりお薦めしない理由は、まさしく【犬まみれ】にならないと、この犬種の本当の魅力が分からないからである。

 今、我が家はいたって平穏である。
 さすがに6月1日の夜は一人で寝かせた為、夜中の何時だったか『ピイ、ピイ、キュン、キュン』と言う声に起こされたが、いつもならここで全員合唱となり、とても寝ていられない状態になるのだが、ここは少し我慢すると、その後また大人しくなり、どちらが先にか分からず朝まで寝てしまった。
 兄弟の中で小さい方から二番目だったAstellなので、もともと食欲を露骨には見せない方だが、朝一番は良く食べるので、食餌の中にスプーン一杯分の牛乳を混ぜるようにした。
 将来牛乳を含んだ食餌は健康維持のため必要となるので、ほんの少しずつから始めた方が良いのだ。
 便が軟らかくならないように少しずつ増やして行けば良い。
 
 やんちゃなAstellだが、6頭のことを思えば小指一本で御することも可能である。
 膝の上に抱き上げ、優しく表情豊かに言葉をかけながらComunicationを構築して行けば、遠からず人間の言葉を理解するようになるの
だ。

     
2003年 6月 6日  一週間もしないうちに運動能力が格段に向上したAstell。
 もう少々の段差なら跳び超えられるようになった。
 そのうちに予測できないところまで跳び上がり、びっくりさせられる事があるだろう。
 仔犬は全てのPartが平均的に成長する訳ではない。
 ちょうど三ヶ月目に入ったこの時期から六ヶ月位までの間は、四肢の発達が著しいように思う。
 段々と、産まれたての仔馬のような体型になってくる。
 譲渡先でも随分と脚が長くなったと気付かれている事だろう。
 走力、特にジャンプ力などの向上が著しいようだ。
 これだけ脚の長いスパニエルは他にいない。
 大型の鳥猟犬と比較しても、能力的に遜色が無いのはこの運動能力に依るところが大きいのである。
 直ぐに大人の足でも追いつけなくなる。

 呼び戻しの訓練の大切な時期に入ったと言える。
 もう自分の名前が理解できる頃だ。
 名前を呼ばれた後に何か良い事があると理解すれば、直ぐに転がり込んでくるようになる。
 大袈裟に係わってやることだ。

 今日長男が名前を呼んだ時、Astellは尻尾を振って応えていたらしい。
 明日はどんな成長を見せるだろう。

 乗車の訓練だが、Astellは毎朝私が通勤のため駅まで行くのに付き合っている。
 家から駅までは大人の足で10分あまりだから、車での往復でもせいぜい同じ位の時間なのだが、今まではこのショート・コースでは車酔いの兆候を見せたことはない。
 MickyやMarieに較べれば随分と強いようには思うのだが、ちょうど寝ぼけている時間帯なので往きはダッコ、復りはケージの中になるのがうまく行っている原因かも知れない。
 
 今度の休日にはまずダッコでの遠乗りから始める予定だ。


  
2003年 6月 9日  目まぐるしく起きる・寝るを繰り返しているアシュ奴だが、徐々にタイムテーブルが出来上がってきた。
 今日の三色姫はというと・・・
 朝は相変わらず5時半起き。(これはどうしても譲れないらしい・・)
 ひと暴れした後朝食。
 マリーに見守られつつ(ほんとは残さないかと狙ってる・・)黙々とカリカリいい音をたてて食べる。
 眠くなりかけるも、7時にマリーパパに付き合って駅まで往復10分のドライブ。
 最近は車にもすっかり慣れて、帰りのケージも嫌がらなくなり余裕でシートをカミカミしながら大人しくしている。
 家に着いたころにはお目目はパッチリ、そのまま9時までマリーと遊ぶ。
 9時、やっと本日最初の天使姿に・・(へそ天)
 11時半までぐっすりモード。
 ひと遊びした後お昼ごはんをパクパク!
 お腹がいっぱいになったら眠くなるらしく早々と1時半には熟睡。
 ほっと一息ついただけの3時には既に『おっきしたのぉ〜』という顔で待っていた。
 その後マリーと2時間のバトルの末、5時にまたダウン。
 8時に起きて夕食。
 帰宅したマリーパパと遊んであげる。
 現在10時半、ボロボロになったぬいぐるみをカミカミしてると思ったら、もう次の瞬間には息子のでっかい靴を噛んでいた。

  
2003年 6月 11日  Astellは毎朝阪急電車の駅まで往復10分のドライブを続けている。
 往きはダッコ、帰りは補助席に置いた小さなケージの中なので、ほとんど人間と関わりをもった状態なのだ。
 しかも寝ぼけているらしく、外の景色の移り変わりには余り興味を示さない。
 酔いを感じるまでにドライブが終わってしまっている状態なのかも知れない。

 昨日は往復30分と1時間の2回のロング・ドライブを行ったが、2回目などは気持ちが良いのかほとんどマリーママの膝の上で寝てしまっていた。
 寝ていられるのは余裕があるからだろうか、もしかすると車には結構強いのかも知れない。

 後部トランク内のケージは床に直接置いて固定しているため、路面からのキック・バックをまともに受けてしまう。
 視界も狭くなり、揺れとまともに闘うことになる。
 後部に移すまでにはまだかなりの経験を積ませる必要があるだろう。山道走行の揺れは人間でも酔ってしまうくらいだからだ。

 Astellは6頭のうち小さい方から2番目の子だが、何かにつけその体構に似合わない頑健さがある。
 車酔いもそうだが、牛乳に対する体質においてもだ。
 カレーやシチューに使うスプーン一杯の牛乳に対してはまったく大丈夫だ。ほぼ1週間経ったのでスプーン2杯に増やしてみる予定だ。
 スプーン一杯で大丈夫だったからと言って、直ぐに量を増やしてはいけない。そのまま1週間から10日ほど続けることが肝心だ。
 日によって体調も気候も違うので、同等量で充分に慣れさせてから分量を増やすことだ。異常があれば一旦中止し、元の分量から再開するのが良い。

 Marieが良い遊び相手となって遊んでいる。
 時々『キャン』とか『ヒィッ』と声を出すのはMarieの方だ。
 私たちも疲れるようなことはなくなった。

 夜も寝る前にひと暴れした後は朝まで一人でケージの中でおとなしく寝ている。
 排泄も夜はケージ内のトイレ、昼は庭のほぼ決まった場所と完璧になってきた。

 Marie MAMAか゜今日から『おすわり』と『ふせ』の練習を始めたようだ。
 夜、練習の成果を披露してくれた。
 1日で形になっているのに少々驚いた。

    

2003年 6月 16日  今日はマリーパパが5日振りに出張から帰ってくる。
 この時期アシュと離れるのはさぞかし寂しかったことだろう。
 案の定、さっそく出張2日目にはアシュ・コールが入った。
 「アシュは?アシュに替わって・・」 「ん?はいはい・・・」
 とまあこんな感じで・・(笑)
 人間のことは何も聞かない・・・立場が変われば私も同じだろうな。

 それにしても、アシュとの生活は面白い。
 毎日違う空気を吸うような新鮮さがある。
 今朝も6時前には目覚めもよくスタンバイしていた。
 そしてケージを開けると同時にピューンと中庭目指して飛び出す。
 これが雨だと『だっこ〜』と甘えてくるアシュ。
 今日もだっこで庭まで行き、いつもの場所でおしっこをして1日のスタートとなった。
 アシュは、ひとりで寝るようになってからケージの中でうんちをしたことがない。
 目覚めてマリーとひと暴れした後、自分から庭に出て決まった場所にしてくれるので、排泄の躾けは順調といえるだろう。
 もともとパピーズ時代からの慣れた場所なので、その分アシュは得をしている。

 さて躾けと言えば、これから大人になるにつれて習得しなければならない大事なコマンドをそろそろ教えないといけない時期にきた。
 先ずは『おすわり』と『ふせ』を教えることにした。
 このふたつは、フードの位置で自然とそれらしい姿勢になれるものらしい。
 怪しい私の動作にも迷うことなく反応してくれた。
 こうなると、ますます可愛い!
 次は『まて』を教えようと思ったのだが、ここでちょいとフェイントで『おて』をやらせてみた。
 何度か繰り返すうちに、どうやらアシュの利き手は左手らしいことが判明。
 最初、右手を出すだろうと思いそのつもりで教えたので、すっかり両刀使いになってしまったアシュ。
 『おかわり』は混乱しそうなので、今はやめにしよう・・
 一番覚えてほしい『まて』は、フードを目の前にするとやはりほんの数秒からのスタートとなった。
 が・・・この数秒の間に、覚えたばかりの『おて』をしきりにしてくるアシュ。
 しまった・・・教える順番を間違えたのか、相手が一枚上手だったのか・・・。
 ま、これも日々積み重ねることで習得してくれるだろう、ゆっくりいこう。
 
 さてさて、マリーパパが帰ってきたら、さっそくフルコースを披露してみよう!結果はともかくとして。
 今回のお土産は“みそ煮込みうどん”の予感・・・。
 
     
 
2003年 6月 17日  今日はマリーパパが代休のため、2回目のワクチン注射に行った。
 初めて着けたカラーはミッキーおばあちゃんのお古。 でも可愛いぞ!
 そして、いつものように車に乗ってもヘッチャラのアシュ。
 最近は、抱っこをしていても結構暴れん坊になる。
 病院は先にマリーパパが順番をとりに行ってくれていたので、待つこともなくすぐに診てもらえた。
 今日は出産時にお世話になった先生もいらして、「大きくなったね〜ひとりになったんだね!」と言ってくださった。
 また、パピーズ時代に5,6回遊びに来てくださった看護婦さんにも、成長した姿を見てもらった。
 でも・・「大きくなったね〜ティンちゃん!」って言われたような・・・
 ん?ティンクと間違うほど立派になったってことか・・!
 などと思いながら、体重計に乗ると・・
 先生 「5.1sですね〜ホント!おっきくなったね〜」
 パパ&ママ 「え〜〜〜っ!!4sじゃないんですか?」
 先生 (もう一度よく見て) 「やっぱり5.1ですね〜」
 パパ&ママ 「え〜〜っ!・・・(言葉なし)・・・」
 いつの間に、4s台を通り過ぎたんだ〜アシュ。
 なるほど、あれだけ見慣れた看護婦さんが一瞬ティンクと間違うわけだ〜!

 その後“5sのアシュ”が頭から離れないまま便のチェックをした後、体温測定と耳掃除と爪切りそれに歯の状態を診てもらいワクチン接種をした後フィラリアのお薬をもらって、3回目のワクチンの日を決め帰路に着いたのだった。
 帰りの抱っこは、とっても重かった・・・。
  
 アステル、2ヶ月と11日。 怖いぐらい至って健康。

         

2003年 6 月21日  久し振りに太陽が顔を出した今日は、これはチャンスとばかりにアシュの初シャンプーをすることにした。
 シャンプーするのはマリーパパ、身体を拭くのとドライヤーはママが受け持った。
 とにかく手早くしないといけないので気合いを入れて臨んだが、あっという間に終ってしまった。
 小さいということはこんなに楽なんだと実感した。
 バスタオルは少し湿った程度でドライヤーに至っては2、3分でサラサラになった。
 初めてのドライヤーも全然嫌がらず、逆にアシュの噛み付き攻撃にあった。
 
 シャンプー時の様子をパパに聞いたところ、これまた全然へっちゃらで『どうにでもして〜』状態だったそうだ。
 最近は水を飲んだあと足でバシャバシャ水遊びまでしてくれるし、外の水道を使っていると蛇口に齧りついて顔中濡れネズミになっている姿からも、水は平気だろうと思っていたがシャンプーもものともしないようだ。
 今のところアシュの苦手なものは皆無だ。
 
 シャンプー後、白い毛がブリタニー独特のとっても綺麗なプラチナ・ホワイトになったところをみると、結構汚れていたようだ。
 気持ちよくなったせいか、はたまたシャンプー疲れなのかその後は3時間ぐらいぐっすり眠った。

 6.21Marie&Astell-1 6.21Marie&Astell-2

2003年 6 月24日  今朝は軽やかなステップで目が覚めた。
 ん?マリーにしては音が小さいな・・・と思いながらドアを開けたら、なんとそこにはアシュがいた。
 いつも早朝のアシュ当番はマリーパパの担当なので、私はそこそこゆっくり寝かせてもらっているのだ。
 多分5時半ごろ起きて、ひと暴れした後ご飯も済ませて2階へ上がってきたようだった。
 この時アシュは初めて階段を制覇して、『未知の世界』のひとつ2階まできていたのだ。
 
 予兆は2、3日前からあった。
 周りの者がいとも簡単に階段を上がるのを、ず〜っと羨望の眼差しで見上げていたアシュ。
 最初はつられて2,3段上がってしまい、はっと気が付きその場にうずくまっていたのが1日目。
 次の日は、6段上がったところで階段の向きが変わっている三角の踊り場でお座りして待っていた。
 誰かが助けにきてくれることが分かると、ますます大胆な行動にでる模様。
 何度か迎えにいっていたが、段上にいてくれた方が都合がいい場合がある。いや多い。
 暫くは大人しいだろうと思い、先に用事を片付けてさて・・と見に行くとちょうど下りようとしているところだった。
 当の本人は『清水の舞台から飛び降りる』ような心境だったのかもしれない。
 いや、怖いもの知らずのアシュのこと、『ママは来てくれないし、え〜い!下りてやれ〜』っていう方が近いかも。
 その後、ゆっくりトントコ・トントコ6段下りを成し遂げたのだのだった。
 そして、今朝一気に12段を上がりきったのだった。
 まさかアシュの魔の手が及ぶとは思っていない『未知の世界』は、どの部屋も実に無防備だった。
 道理で廊下を走る足音が喜びに満ちていたはずだ。
 気付いたのが早かったため、今日のところ被害はなかった。
 何をしようか・・・と嬉しくて探検しているところを私に発見されたようだ。
 
 でもさすがに下りる時は、まるで断崖絶壁にでも立ったように足がすくんで「さあ、抱っこで下りようね〜」と誘っても後ずさりする。
 アシュにも『怖い』という感覚があったのだと思うと、顔がちょっとにやけた。
 
 その後、今日1日で何度2階へ探検にいったことか・・
 その度に、5s超を小脇に抱えて下りるのも結構腰にくる。
 夜マリーパパにサークルでガードをしてもらったので、今のところはマリーとのバトルに夢中だが明日は次の手を考えてくるだろうな、やつは。

             6.23Astell


 
2003年 6 月28日  その後階段はサークルのガードが効いて、今のところ勝手に2階へ行くことはなくなった。
 この件に限らず、アシュは結構諦めが早いようだ。
 
 人間が食事の時はケージに入って大人しくしているアシュ。
 これがネンネタイムと重なると問題ないのだが、お目目ぎらぎらで暴れてる最中となるとケージに収まるのは辛いようだが、後々の事を考えると嫌な事も経験させないといけない。
 最初はピーピー鼻を鳴らしているが、2、3度繰り返すと早々と諦めて寝に切り替えるアシュ。
 こういうところがマリーよりもずっとやり易い部分だ。

 マリーはアシュに較べて、とにかくしつこかった。
 このしつこさに負けて中々こちらの思い通りにはいかず、とうとうケージに入らないワンコになってしまった。
 あまり困るような事はしない子だったので、お留守番もミッキーとふたりで自由にさせてはいたが、犬が苦手な来客があるととても困った。
 ミッキーはケージで大人しくしているのに、マリーだけがテンションも高くはしゃぎまくっているのが常だ。
 マリーは確かに、甘やかせて育ててしまったという後悔がある。
 これが私たちのアシュ育てに大いに生かされている訳だが、今のところは気が抜けるほど実にあっけらかんとやり易いいい子でいてくれている。

 やはり何事も小さいうちに躾けるのがいいということなのかもしれない。

          6.26-Astell

2003年 6 月29日  そろそろミッキーとアシュとのキョリを縮めてあげなければならない時期になってきた。
 が、しかし問題は結構複雑に絡まっているのだ。
 まずアシュはご存知のように怖いもの知らずの怖さがある。
 マリーに向かうのと同じパワーでミッキーにかかれば、たちまちガブッ!っとやられるかもしれない。
 怖がりのミッキーのことなので、一瞬自分を見失う可能性も否定できないのだ。
 二つめにマリーがミッキーを警戒してアシュを守ろうとする行動にでると、マリーとミッキーの仲が険悪になることが多い。
 三匹が三様に入り混じってそれぞれの思いがこの三代の関係を難しくしているのだ。
 しかし、必ず微笑ましいほどのいい関係が築ける日が来ると信じている私たち。
 何事も焦ってはいけない。
 少しずつ触れ合いを重ねていこうと試みた結果、今日初めてミッキーとアシュとのツーショットの写真が撮れた!
 このふたりの様子をケージの外から見守るマリーの姿があったが、今日は珍しく警戒しているような様子はなかった。
 よし!この調子、この調子。いいぞ〜


        6.29 Micky&Astell
2003年 7 月 6日
 ミッキーとアシュのキョリを縮めよう!第2弾〜

 ミッキーは若い頃そうでもなかったのだが、年を取るにつれてとっても怖がりで臆病になってきた。
 聞きなれない音がしたり、予測できないような行動に出られると一瞬パニックに近い状態になってしまうのだ。
 そんなミッキーにとって今のアシュはまさに爆弾みたいなもの。
 その上、アシュにはピタッとマリーがくっ付いていていつも『2個いち』の親子ときている。
 これはもうクレートで防御するしかないのだ。
 
 アシュ育てと親子バトルそれに破壊小僧からわが家を守ることでいっぱいいっぱいの私には、とてもそんな余裕がない。
 そんな2個いち対1匹の関係が、少しずつではあるがマリーパパの力でまた今日もちょっとだけ近づいた。
 どうやらキーワードは「みんな穏やかな状態にある時」で、アシュはそれに加えてオネムのちょっと手前を狙うのがコツらしい。

         

2003年 7 月 9日
 今日やっと3回目のワクチンが終了した。
 1週間後には散歩解禁だ。
 3頭連れの散歩は3年振りで、早朝ふたりがかりで行くことになるだろう。
 さてどうなるか・・今のうちに体力温存しておかなければ。

 朝、マリーパパがアシュと一緒に病院へ順番を取りにいってくれた。
 ケンネルキャブが手狭になったので、初めて助手席に乗せてもらったアシュは自由の身が嬉しくてマリーパパの膝にきて窓から外を見ていたそうだ。
 私ならとても気になって運転どころではない。
 いくらマリーパパとはいえ、これからはリードで繋いだ方が安全だろう。
 
 さてさて今日のアシュは・・・
 病院へ着いて待合室で床に降ろしたら、なぜかブルブル震えだしたので抱っこして待つことにした。
 待つこと5分で診察室へ入りまず診察台で恐怖の体重測定。
 マリーパパは心なしかリードを上へ上げているようにも見えたが、結果は6、9s!
 やはりあの重さは7sに手が届くところまできていたか!
 抱っこ癖がついているアシュは、寝起きのオシッコに行く時、一緒に庭に出ようと誘う私の前に周りピョンピョン跳ねながら『抱っこしてくれないとオシッコしない〜』と訴えるのだ。
 トイレトレーニングを始めたころは、当たり前のようにヒョイと片手で抱き上げられる重さがとっても嬉しくて、(パピーズ時代のマリーは“うちに残す仔だからいつでも抱ける”とあえて抱っこしなかったためすっかり抱っこ嫌いになってしまった。)
追いかけてまで抱っこしていたが、最近はせがまれた時限定にしないとこのままズルズルいきそうな気配だ。
 
 やはり生まれる時にお世話になった病院というのはいいものだ。
 何のトラブルもなかったた過去2度のお産はそれはそれでとてもラッキーだったのだが、今回の出産でお世話になった先生方はいつもその成長振りを喜んで声を掛けてくださる。
 そう、ここはあの仔たちが自分の力だけで歩きだした『人生の始まりの場所』なんだ。
 今日の診察は初めての先生だと思っていたのだが、どうやら出産時にもお世話になっていたようだ。

 何人もの先生があの『ドタバタ4、6出産』に係わってくださっていたんだと改めて思ったのだった。

           
 
2003年 7 月15日  いよいよ文字通り、地に足を着いて外の世界に踏み出す日がやってきた。
 今日も雨の心配はなさそうだ。
 その前に、ワクチン終了から1週間経ったので、後回しになっていた狂犬病の予防接種をするために病院へ行った。
 いつものようにルンルンで車に乗り込み、病院近くでは初めてリードを付けての外歩きとなった。
 予想では、『ジグザグ&引っ張り&道行く人に飛び掛りおまけにキック〜』を覚悟していたのだが、現実はというと降ろしたはいいが暫く固まってしまい動かない!キョトンとしながらも手足には思いっきり力が入っている。
 なかば引きずるように病院の中へ。
 今日は、パピーズ時代に何度も遊びに来られた看護婦さんにお会いすることができた。
 さっそく受付けのところに上がりご挨拶。
 「大きくなったね〜アシュ〜!」(よかった〜今日はアシュって言ってもらえた・・)
 7sぐらいだろうというお話をすると、「えーっ、これで7キロ〜ぎゅっと詰まってるのね!」
 ほんとだ、顔が小さいし見た目はとてもそん風には見えないな。
 挨拶も終わり少し待ち時間があるようなので、外の通りでお散歩の続き・・というより練習をすることにした。
 先程の初めて地上に降り立った時に較べて固まり具合は少し緩くなり、自分からは行こうとしないが引っ張れば付いてくる・・という感じだ。
 これは見事に予想外!ブリならば一番有り得ない事態だが、滅多に経験できない事も事実だ。
 ミッキーでもマリーでも経験がない。
 これはもう『今を楽しもう!』と思いつつ、歩かない子の散歩も疲れると実感。
 ま、今日は初日だから何でもありとしよう。

 診察の順番が来て歩いて中に入ろうとするも、踏ん張りながら床を滑りつつ私にお尻を押されながら到着。
 先ずはお決まりの体重測定。
 7、4sなり〜!
 1週間で+500g・・・欲を言えば、もうちょっとゆっくりペースで成長して欲しいなぁ・・
 爪切りもここのところの穴掘りが効いて3本だけで、はい終わり。
 お耳掃除と内診、注射はいつもの様に『ノーリアクション』・・
 「強いね〜」と先生。はい、いつも強い子のアシュです。

 いいお天気なので帰りはチョット寄り道。
 K女子大のOグランド。普段はほとんど使われてないので、ドッグランにできるところが三ケ所ほどある。
 ミッキーとマリーにとっては3ヶ月ぶりのノーリードだ。
 ここでもアシュは車から降りる時は躊躇したものの、後は走る走る。
 まだ欽ちゃん走りが残る、未完成なブリ走りだが速い!
 少し遅れながらもマリーの後をついていこうと必死だ。
 急な斜面から降りる時も減速せずについて行こうとして、顎でズズ〜〜ッと滑る技まで披露!
 何もなかったかのような顔をして戻ってきたアシュだが、病院での様子とはあまりに違うので見ている方はハラハラ&ドキドキの初Runなのであった。
 やはり、何でもありのデビューとあいなりました〜。

  
  

2003年 7 月22日  今日はマリーパパが1日遅れの連休だったので、平日でゆったりできるだろうとアシュの外食デビューを果たすべく、以前行ったことのあるレストランへと出かけた。
 3月にお腹の大きいマリーと訪れた時、プチマリーの外食デビューはここにしようと決めていた場所だった。
 そこは、琵琶湖湖畔の洒落たお店で外のテラスでは琵琶湖を眺めながら犬連れものんびり出来るペットOKの本格派ドイツレストランなのだ。

 高速にのること30分弱、アシュは後ろの座席で伸びている。(単なる昼ね〜)
 ミッキーとマリーは備え付けのケージの中で、物音ひとつ立てずに眠っている。
 さては、信州6時間コースだと勘違いしているのかな・・
 遠出する時は、「寝るが勝ち」と決め込んでいるようでベテランのふたりは静かなものだ。
 でも今日はひと眠りする間もなく目的地へ到着。
 
 最近やっと自分から車を降りてくれるようになったアシュだが、降りた途端に固まってしまった。
 どうやら落ちていた鳥の羽根に鼻が反応したらしく、まだ嗅いだことがない臭いなのに本能とはスゴイものだ。
 ミッキーとマリーはというと、湖岸で餌をもらっているハトを見つけて突進中。
 2頭扱いには慣れているマリーパパでも犬ぞリ状態は避けたいので、なるべく遠目に見ながら湖へと移動。 
 一方羽根に未練を残しつつ同じく湖目指して小走りのアシュは、周りの景色や空気に全て反応しているようでハトだけに固執することはないようだ。まだまだお子ちゃまの証明か。
 少しだけ水遊びをした後、さっそく目の前にある目的のお店へ入りテラス席へ落ち着いた。
 さすが平日、まだ誰もいない。 
 マリーは先程の興奮が残っているらしく、落ち着きがない。
 アシュはアシュで落ち着くはずもなく、ウロウロ・・・
 予想していたことではあったが、マリーのハイテンションだけは想定外。
 これは優雅にナイフ・フォーク系は無理っぽいと判断し、とりあえず簡単に食べられるピザやサンドイッチものを注文するも、ここはドイツ・・・メニューにはないらしい。
 迷っていると、オードブル風のオープンサンドを勧められたのでこれに決めた。
 そのオープンサンドは、クルミ入りのライ麦パンの上にクリームチーズがたっぷりぬってありその上に生ハムとピクルスがのった一品だった。
 何といっても今日の目的は『美味しい物を頂く』ということよりも、『アシュが外食に大人しく付き合ってくれるかどうか』の練習なのだ。
 ハトが気になって仕方がないマリーと、どういう行動にでるか予測がつかないアシュ親子を気にしながら食事を始めたのだが、アシュは思ったほど困らせることもなくマリーも徐々に落ち着いてきた。
 これだったらランチのコースメニューにすればよかった・・と後悔先にたたず。
 今日は無理をしないでいこうと決めていたものの、さすがに美味しいソーセージを食べ損ねたという思いが残った1日だったが、言い換えればアシュの外食デビューは思いのほかうまくいった!と言えるのだろう。
 さて、来月の初旅行はどうなることやら・・・
 人間もワンコもいっぱいいる中で、いったいどんな顔を見せてくれるんだろう。
 
  
            
  

 
2003年 8 月16日  12日から15日まで乗鞍高原と清里への初旅行を無事終え、またひと回り成長した感のあるアステル。
 
 片道7時間の長い道中だが、車酔いの心配だけは全くないので救われるものの、ペンションでは食事中に大人しくしていられるか・・・沢山のワンちゃんたちと仲良く出来るか・・夜は静かに寝てくれるだろうか・・など数々の不安要素を抱えながらの出発となった。

 初日はよいお天気ではなかったが、暑さと戦いながらの長時間ドライブよりも涼しくてかえって快適だった。
 アシュもほとんど車中は熟睡モードで、SA休憩では上手くオシッコもしてくれた。
 が・・家では1日5、6回しているウンチノルマがなかなか休憩中の短時間では上手くタイミングが合わず少し気にしながらの道のりだったが、何とかクリアでき無事にペンション「陽だまり」さんへ到着。

 乗鞍は曇っているものの涼しくて快適!
 クローバーの絨毯を敷き詰めた憧れのドッグランにまた今年も会うことが出来た。
 GWに行けなかった分、いっぱい楽しむぞ〜!
 ドッグランにはすでにたくさんのワンちゃんたちが遊んでいる中、MMAも仲間入りさせてもらった。
 MMはもう慣れたもので、他の子たちとは適当に挨拶して思い思いの場所へ走る走る!
 アシュはいつものようにマリーに付いて行こうという気持ちはあるのだが、他の子に圧倒されしばし呆然・・・。
 そうこうしているうちに1才半のコーギーちゃんに目を付けられ、慌てて逃げるもののとっても足が早く逃げても逃げても追いつかれ、しまいには『すいませ〜ん。もう、まいりました〜〜』とばかりにお腹をみせて固まっていた。
 半分腰が抜けているのかいつもの走りが出来ないようだった。
 見かねて助け舟をだすと、震えながら膝に乗ってしがみついていた。
 4ヶ月のアシュにとっては、記念すべき鮮烈なドッグランデビューとなった。
 しかしそこはブリ!すぐに本来の走りを取戻し、いざとなるとマリーに助けを求めながら自由に走れる楽しさを満喫しているようだった。
 
 一番気がかりだった食事中の態度も初日は緊張からか、大人しく私たちを驚かせた。
 食後のワンコ交流は人間にもワンコにも愛嬌を振りまき人気者と化していたアシュ。
 人懐っこいブリタニーは、こういう場では本当に特な犬種だとまたまた実感させられたひと時だった。
 
 2日目はとてもいいお天気、だが予報では明日からは雨になるとのこと。
 朝のうちドッグランで遊んだあと、せっかくなのであちこち出かけることにした。
 安房峠まで行き焼岳の雪を見てから、一転美ヶ原高原へと足を伸ばした。
 美ヶ原は9年振りでケイ・ミッキーと来た時とほとんど変わりなく、高原にはお花が溢れ懐かしい時間を過ごすことができた。
 
 3日目、4日目は案の定雨。それもかなりのドシャブリになった。
 清里での宿になるペンション「TOUTOU」さんに移動。
 本来清里は犬連れにはとっても快適な場所なのだが、この雨ではどこにも行けず、また外へ出ることも出来ずほとんどペンションで過ごすことになった。
 それでも、オシッコとウンチのため雨の中散歩に・・MMは全く問題ないのだが、アシュ奴は大の雨嫌い。
 なかなか思い通りにすっきりとはいかず、「アシュのオシッコとウンチ出た〜?」が合言葉になってしまった2日間だった。
 「TOUTOU」さんでは、看板犬の4頭の大型犬たちと“嬉し恥ずかし怖し”体験をしてまた未知の世界を垣間見てしまったアシュ。
 一応警戒はするものの決して臆病ではなく、大きな子にも小さな子にも、また怖さから牙をむく子に対してもみんな同じ様に友好的な態度で係わる姿には感動すら覚えた。
 9月生まれのマリーは翌年の8月、11ヶ月で初旅行だったがやはり親子、ペンションでのアシュの姿はマリーそのものだった。
 アシュ爆弾改め、抱えているのは原石なのかもしれない。
 唯一無二の宝石になるよう・・いや、なかなか宝石とまではいかないまでも原石を磨く楽しみはありそうだ。
 私にとって今回の旅行は、この『アシュ原石』の発見に尽きるかな・・。

  

        

  

2003年 9 月10日  アシュのフィラリアの薬を貰いに動物病院へ行った。
 8sを境に薬の量が変わるとのことだったので、6月・7月はそれ以下のものを、8月は8s以上用を処方して貰いそれ
以降は体重を計ってから・・ということにしていたのだ。
 
 今日の先生は出産時にパピーたちを取り上げてくださった方で私たちにとっては思い出深い先生だ。
 診察台の上で、先生を見るなり肩に両足を廻して精一杯のスキスキ攻撃をかけるアシュ。
 その姿を見て、「覚えているのかな・・」と先生。
 今アシュが乗っている診察台のその下は、かつてマリーが必死で出産と向き合った場所なのだ。
 あの日、病院に駆けつけた私たちは待合室で床から数センチの隙間から漏れてくるパピーの鳴声や姿にドキドキしながら目を凝らしたものだった。
 「ここは、ふるさとみたいなもの・・」という先生の言葉が嬉しかった。

 本日のアシュの体重は・・・11.4sだった。
 いよいよ、抱っこは辛くなってきた。
 決して抱っこをせがむ訳ではないのだが、私の方がアシュ離れ出来ずにいるのだ。
 
 フィラリアの薬について、「22sまでは同じ量ですが、10月・11月の分はどうしましょうか・・」と先生。
 「同じでいいです・・・、絶対そうはさせません」(そんなに短期間で大きくなったらブリじゃないよ〜って思いつつ)
 先生(笑)。
 私としてはアシュの理想体重は14sまでと考えているのだが、マリーパパは15〜16sと微妙に差がある。
 後1ヵ月もすればほぼ成犬の大きさになることを考えると、いつまでも「大きくなった〜!」と喜んでばかりはいられない。
 しっかり健康管理をしないと・・・ほんとにパピーの成長の速さには目を見張るものがある。
 5泊6日の北海道出張から帰ってきたマリーパパも、「顔が変わった!身体が長くなった!」 とまるで長い間会っていないように感慨深げだった。

 歯のチェックをしてもらったら、もう全部大人の歯に生え変わっているとのこと。
 さすがに、これには驚いた。
 私が回収したのは4本だけなのだ。 
 そう言えば、最近動いている歯もないし色も以前より白く先もこんなに丸かったかな?・・と思っていたところだった。
 アシュの成長に不覚ながら遅れをとってしまった。
 
 ミッキーのヒートがいつの間にか終ったと喜んでいたら、昨日からマリーが取って代わった。
 早ければ来月あたりにアシュ奴が目出度く大人になるかもしれない。
 女三代も結構忙しいものだ。
 
 ついさっきエディママから、「エディが初めて足を上げてオシッコをしました〜!」というメールが届いた。
 これからお祝いをされるそうだ。
 そうか・・・男の子はこういう変化があるんだ!と初めて気付いた。
 唯一の男の子だったマリーの父ケイは2才前にやってきたので、“初足上げオシッコ”の感動経験がないのだ。
 足を上げる動作=体格や骨格がしっかりしてきたということ。
 そう!これは立派な『男の子の成長』なのだ!
 おめでとう〜!!エディ〜♪
 もう一人の男の子組みのジェイ君はどうかな・・・?

 
          
 
2003年 9 月14日  今日はマリー 5才のバースディだ。

 マリー母であるミッキーは5才で2度目の出産だった。
 夕方から始まり夜中の2時ごろまでかかって、6匹(♂2匹・♀4匹)を自力で産み終えたのだった。
 出産は何度経験しても緊張するものだ。
 この年は今日ほど残暑は厳しくなかったはずだが、みんな額に汗して見守りながらも1匹ずつ取り上げる手が
震えていたのを覚えている。
 一番落ち着いていたのは、すでに“おっかさん”の準備ができていたミッキーだったのかもしれない。 
 
 4才で妊娠と出産を経験した今年はマリーにとって激動の年になった。 
 難産の末無事生まれた喜びもつかの間、産後の子宮内膜症では『今夜が山場』と言われたこともあった。
 この時ほどブリーディングを後悔したことはなかった。
 マリーのみならず、私たちにとっても激動の出産だったのだ。
 
 今こうして何もなかったかのような平穏な中で誕生日を祝っていると、なぜか夢の中の出来事みたいに思えて
くる。
 過ぎてしまえば、喜びだけが現実味を帯びるものなんだろうか・・・

 現実の証アシュを見ながら、母性の衰えを知らないマリーの深い絆にまた感動する毎日なのだ。

  

2003年 9 月25日  久々のUpだが・・・
 日々順調なのかどうか・・・
 Marieの母性が強いので、Astellの行動が全て自発的なものなのかどうか・・・
 日頃の行動はMarieがほとんどCoverしてしまう。
 今のところ待て、お座り、お手は完璧だ。
 スリッパや自分の好きなオモチャなどは『持って、持って』の呼びで何とか近くまで運び、比較的簡単に口から
離すものの未だ完璧ではない。
 自由に離されている場合でも行動のほとんどがMarieの追従であって、未だ個体の特徴を見せてはいない。
 ただ、日頃の生活の中では完璧に人間の行動を把握できているようで まず読まれているのは間違いなく人間
の方である。
 『ケイ』がよく見せていた人の顔色を見て、次にどのような事態が自分に関ってくるのか・・・
 このあたりは年齢に拘わらずほぼ完璧に理解できているようなにのは恐ろしい程のものを感じる。

 関谷保 氏のご協力によって『Profile』の写真の更新を終えた。
 ほとんどが現在における我が国のフランス・ブルトンの基礎犬となった名犬たちの画像である。
 最近、日本のフランス・ブルトンもアメリカナイズされたのか、随分と体型のスマートなものが目に付くが、本来
フランス・ブルトンと言うのはブルトン種の馬のようにずんぐりとしたものだ。 Profileサムネイルの拡大写真を見
ていただければ良く分かって貰えるだろう。

 これを見れば、MickyとてStandardから決して外れてはいない。
 Speedが求められるアメリカとは異なり、ブルターニュの岩場を駆け巡るにはこの程度の体構が必要とされた
のであろう。

 写真は『ケイ』の父 Vuri de Cotignac(ヴュリ・ド・コティニャック)だ。

     

2003年 9 月28日  2日前、Marie MAMaがAstellに初潮があったと言う。
 私には理解できないのだかが、それらしきチョコレート状の排泄があったらしい。
 ちょうどMarieの生理の終りかけだったので、Marie MAMAがPad代わりに敷いていた上にそれはあったらしい
のだが、通常ならシミになるべきところ、約30分も舐め続けていたらしく、その痕跡は全く残ってはいない。
 私には判らないが、Marie MAMaの言では100%間違いないらしい。

 私はその日夜中までずっとティッシュをポケットに忍ばせて、事あるごとにその部分を写しとろうとしたのだが、
何の形跡も捉えることは出来なかった。
 約6ヵ月なのであり得ないことでもないが、事実なら結構早めの初潮である。
 その後も今日までしばしばその部分にティッシュを当ててはみたものの、一度もそれらしき証拠を掴めなか
った。

 写真は近親のローラ・ドゥ・アダチセキヤ(Laura du Adachi Sekiya)である。

     

2003年10 月 5日  朝一番や私が仕事から家に帰ってきた時などにまず一番にする行動が、どこからかスリッパを咥えてこれ見よ
がしに遊びをせがんでくることだ。
 争奪ゲームを挑んでいる訳だ。
 この時は咥える力は強くなく、頭を撫ぜながら少し引っ張ると、比較的無抵抗に口から外して次の『持って、持
って』を要求してくる。
 いつも3回ほどで飽きてしまい、それほど重要視していないかと思うとさにあらず、意外とこれが行動の全ての始
まりでもあるようなのだ。
 歯の生え替わりの時以来、いま最大の『カミカミ』の危機に面している。
 とにかく、いつでも何かを咥えたがる。
 スリッパ、ミュール、サンダルなどだが、不思議と通気性の良いものが好みらしく、革靴などは今のところ安全圏
である。
 例の初潮はどこへ行ってしまったのか?  その後誰れもその証拠を見てはいないのだが、しみじみと眺めて見る
と、ピーナッツ状の部分が少しふっくらとしているように見えないこともない。

 写真左側はAstellの曾祖母=Kei(Foxy du Adachi Sekiya)の母アステル・ド・コティニャック(Astell de Cotignac)、
共猟している右側は同じく牝のバール・ド・スゥ・レ・ヴィヴィエール(Balle de Sous les Viviers)だ。

     

2003年10月12日  昨日から食餌を1日2回に変更した。
 通常はドライフードに缶詰を混ぜたものの上からミルクかヨーグルトをかけたものが主だが、その他の時間には
毒性のあるもの以外は何でも少しづつ与えている。
 嗜好から言えば第一に鶏肉、次が魚類、第三に乳製品だろうか。
 少しであっても欲しがるものは与えるようにしているし、そうこうしているうちに苦手なものが分かってくるものだ。
 与えもしないであれが身体に悪いとか、あの本にこう書いてあるからとかは全然気にしていない。
 まず毒性のあるものは決して食べないし、もし食べたとしてもその後の経過を充分観察していれば良く分かる。
 随分前だが、スパゲッティのソースの種として半日がかりで冷やしていたミートソース状のものを中華鍋の3分
の1ほどもKeiとMickyに食べられたことがあり、獣医師の指示通り観察していたが何事も起こらなかったことが
ある。中くらいの玉ねぎが10個以上も溶け込んでいたのにである。煮込まれて毒性が消失していたのかどうか
は分からないが、今でも不思議な出来事の一つである。(決してお薦めしている訳ではありません。)
 
 アシュは現在12.kg余りあるようだ。
 六ヶ月経てば体格的な成長は鈍くなる。アシュの場合牝だから、あと横幅がついて15kgまでで収まればと思っ
ている。ちょうどMarieと同じくらいの体構になるだろう。
 

         
   
2003年11月 1日  今日は北山京北町にある京都府射撃場へ出かけた。
 来る15日から始まる今年度の猟期を控えて、『音抜き』をするためである。
 犬は耳が良いので、突然近くで銃声を発すると人間よりも驚いてしまう。
 うかつに銃声訓致のできていない犬の真後ろで撃つと、驚きのあまり暴走して戻らないことがあり、そのまま
野犬化してしまうこともあると聞いている。
 そこまでにならなくとも、銃を見れば尻尾を下げて腰を抜かしてしまったり、その場から逃げ出す行動に移って
しまうことが多いのだ。
 『恐銃症、恐銃癖』と呼ばれるが、一旦こうなると仲々治らないばかりか、猟犬として使役できなくなる場合が
ほとんどらしい。
 12番径散弾銃の銃声は大きい。初めてだと人間でもその音圧に萎縮してしまう。射撃場で経験したことがある
が、真横で鳴らされると思わず顔を背けてしまうほどだ。
 今まで恐銃症の経験はないが、念のために射撃場で銃声に馴れさせるのが目的だ。
 
 射台に近い駐車場で最初5・6発聞かせた後、車外へ連れ出した。
 アシュは全然平気だった。ピクリとも動かなかった。辺りに遊べそうな虫がいないかと探し回る余裕だった。
 まずは合格だが、今日は銃口が自分の方へは向いていないから3分の1くらいの音量だ。
 マリーは音がすれば鳥を咥えられると思い、ケージの中で銃声がする度、歓喜の声をあげて暴れていた。

 

2003年11月18日  毎年11月15日が狩猟解禁日で今年は土曜日だったが、あいにく昨日17日まで仕事で、今日初猟となった。
 今日は今年一番の冷え込みで降霜の予報だったため、濡れるのも嫌なので遅めの出発となった。

 今朝Marieに異変があった。毎日朝の給餌は私の担当なのだが、いつもなら早くしろと催促するMarieが食べなかったのだ。いつもAstellの方がなかなか食べ出さないので、それまでMarieは『待て』の状態を強いられる訳だが、今日に限ってAstellが食べているのにMarieは全然食欲を示さなかった。仕方なく好物の鮭の身をほぐして混ぜたりして、なんとか食べさせた次第だ。
 Marieはきっと今日が初猟だと気付いていて、興奮のあまり食餌どころではなかったようなのだ。
 昔ケイが初猟の前夜に、私が銃の点検や装備の準備をしている横で歯をガチガチ鳴らし、震えていたのを思い出した。
 Marieはやはりケイの子、円熟味が出てきた昨今は血は争えないものだとつくづく思う。

 8時過ぎに家を出て例年のごとく近くの西山O地区に出かけた。
 Astellの初陣であり、もし迷子になっても探しに行くのが容易だからだ。
 車の通る道路から離れた場所を選んで2頭を車から出し、私は動かずに暫く様子を見たが、AstellがMarieから余り離れないので大丈夫と判断して最初の地点へ進んだ。
 去年Marieのポイントを掻い潜って逃げられたキジの居ついている場所だ。誰も撃ち取っていなければ居る筈だと確信していた。
 
 可能性の低い所から高い所へと順に移動してキジを追い詰めた。勿論キジが見えていた訳ではないが、もし這っていたとしたら必ずキジが逃げ込む方向へと進んだのだ。
 竹薮を背にした最後の茂みに着いてからMarieを足元へ呼び真直ぐに飛び込ませた。横へ翔ばれると弾が竹薮から反れ耕地の方へ到達する可能性があったからだ。
 思惑通りキジは居た。真直ぐに翔び出したキジに2発引いた。キジの落ちた地点から先は崖になっていて、落ちたあたりの上と下両方を探したが発見できなかったので、半矢になって這われたと思った。
 結局Marieが更に一段下の竹薮に斃れていたキジを発見し回収したのだが、蹴爪の立派なヒネキジで、当たりが良くなかったため傷みもほとんどなかった。
 この間AstellはMrieの近くでうろうろとしていただけに終始した。
 
 僅か15分程度の短い初猟だったが、心配していた暴走もなく、まずは一安心と言ったところだ。

       

       

  

2003年12月 7日  初猟の後、勤労感謝の日を含む連休と月末に合計3回出猟した。
 キジ場は道路も近くにあり、不慮の事故も考えられるので、3日とも北山でのヤマドリ猟となった。
 あいにく小雨の降る天候ばかりで、ほとんど出会いはなかった。下草が濡れているので鳥は出歩かない。犬も冷たい雨に打たれると体力を消耗してしまう。ほとんど猟にはならなかったが、呼び戻しの訓練には恰好の3日間となった。
 山でのAstellはずっとMarieの後を追いかけているようだ。Marieにしてみれば邪魔な事この上ないだろう。
 時々はぐれると『キュンキュン』と悲鳴をあげながら猛スピードで探し回っていた。
 名前を呼んだり犬笛を吹けば、ほとんどAstellの方が先に戻って来た。AstellはMarieほどレンジは広くないのか、まあ、まだ山へ何をしに来ているのか良く分かっていないので、いつも私とMarieの中間にいるのが安心できるのかも知れない。とにかくこれで呼び戻しの不安はなくなった。

 今日は久々に好天となる予報だったので手堅くキジ狙いでK市へ出猟した。ヤマドリ猟は難しく、まだ季節的にも早いのだ。
 半矢にした後少し這われたようで、草叢を追跡していた。どちらが確保したのか分からないが、私が到着すると仲良く2頭で押さえ込んでいた。

       

       

 
2003年12月24日
 朝、いつもの様に何気なく覗いたえつこさんのHPで、マロンちゃんが亡くなったことを知った。
 暫くは何が起こっているのか理解することすら出来ず、「何で 何で・・・」の繰り返しだった。
 そして、受け入れざるを得ない現実を心に叩き込んでからは、記憶の中でピョン・ピョン飛び跳ねるマロンちゃんの顔や姿を思い出し涙が止まらなくなった。
 少しは冷静に振り返ることが出来るようになった今、「マロンちゃんとえつこさんへの思いを残しておこう・・」と久し振りに三代記に向かっている。
 思えばちょうど2年前の今頃、それまでマリパパが見つけていたマロンちゃんのHPを私も訪れたくて遅まきながらパソコン1年生になったのである。
 ブリタニーの話がしたい・・・という思いだけで何の用意もなく飛び込んだネットの世界だったが、それほど魅力的な理由はないと今でも思っている。
 そこで、こんさんやすきおりさんきりんさん、うすいさん、うしさんにあやえさん、fuminmamaやちったんという沢山のブリ飼いさんたちと知り合い益々面白くなってのめり込んでいき自分のHPへと繋がって行った訳である。
 今年も沢山の新しいブリ飼いのみなさんが、このHPを訪れてくださり楽しいやり取りをさせて頂くことができた。
 そして、マリーの子どもたちがこのHPから新しいオーナーさんのもとに辿り着き、今こうして私たちはその後の様子も見せてもらえる幸せを味わっているのだ。
 そう、Breton Freekの始まりはマロンちゃんとえつこさんに巡り合えたこと。
 それに尽きると思っている。
 これからも、私の中ではえつこさんは師匠であり、マロンちゃんはずっとアイドルであり続けるはずだ。
 (えつこさん、随分年上の弟子でごめんね。)
 
 ミッキーには申し訳ないけど、最後になってしまったね。
 10歳になったミッキー、おめでとう〜♪
 めっきり白くなった顔がちょっと幼く見えてまた可愛いいよ。
 呼ぶと、大きな身体をユッサユッサさせながら満面の笑顔で戻ってくるミッキーを見るのが最高に幸せなんだ。
 ケイの年齢を超える日も近いね。 
 これからはふたり分の命がかかっているんだよ。
 ケイの分までガンバレ〜!!

           

  

  
2003年12月30日   12月の寒波の雪が北山の林道を倒木で塞いでしまい、どの谷も奥へは入れずヤマドリ猟は絶不調であった。 
 暖かな日でも日中の気温が2〜3度程度の北山では雪は仲々溶けない。今でも深いところは30cm近くの残雪がある。
 ヤマドリが棲息していそうな場所までが遠くなり、どのくらいの距離があるのかも判らず意欲を削いだ。
 どの谷にもヤマドリがいた昔とは違い、鳥影が薄くなった現在はいかに多くの谷を回り、ヤマドリの付場を攻めるかがポイントになるのだが、この状態では全く作戦の立てようもなくなる。
 3日間ほど北山へ行ったが、どの日も天候が悪く、出会もない日々だった。今猟期はまだまともにヤマドリの顔を見ていない。

 仕方なく平場のキジ狙いでK市からS町へ出かけた。
 キジ猟場も少なくなっている。特にK市では耕地整理が進み、凹凸のない巨大な田畑が増えている。このような環境ではキジは棲息できない。鹿害防除のためのネットが耕地にめぐらされ、キジが採餌できる場所も失われている。用心深いキジはこの鹿用のネットを潜って耕地などに入れない。この防除ネットも設置地域が年々南下しており、確実に鹿害が拡がっているのが実感できる。
 
 今日は朝早くキジを撃ったので、今まで足を伸ばさなかったところまで下見に出かけたが、どこも同じでもう都会のハンターにとっては日帰り猟が難しくなってきている。今年はまだ一人も鳥撃ちハンターを見かけてはいない。


      

      

      
2004年2月10日  今朝、クッションの上に水滴を見つけ「もしや・・」と思いティッシュで拭き取ると薄いピンク色に染まった。
 間違いない!アシュのヒートが始まったのだ。
 数日前から舐めるような動作を繰り返すので気にはしていたのだが、ついに今日『しるし』が確認できた。

 本来初ヒートというものは成長の喜びを感じながらも、どこか煩わしさが付いて回る儀式のようなものだ。
 これまではミッキーの時もマリーの時もケイの存在が大きく、これから始まる2週間を平和に乗り切ることばかり考え、大人になったことを喜ぶ余裕は最初の1日で消えてしまうものだった。
 自然の摂理に逆らうのはある意味戦いであり、人間も犬もかなりの疲労感を味わうのは仕方がないことで、その期間が終ると打ち上げでもしたい気持ちになるものなのだ。
 
 ところがアシュの場合はかなり違っていた。
 女系家族の中で暮らしている今は神経をすり減らすような事態にはならないこと、それに何より10ヶ月という年齢から獣医さんに相談した方がいいかと真剣に悩んでいた現実があったからだ。
 確かにヒートは煩わしい、しかし当然のことながらなくては困るのだ。
 こんなに健康なのに何が原因なんだろ・・と余計な心配をしてしまう。
 そんな中、ピンクに染まったティッシュは感動ものであった。
 すぐに和菓子屋さんへお赤飯を買いにいった自分が可笑しかった。
 
 思えば5ヶ月になった頃、一滴のヒート疑惑が持ち上がったのだが、その後の物証が見つからず疑惑のままで終っていたのだ。
 にもかかわらず、マリーパパは今でもこの時が初ヒートで今回が2回目だと言い張る。
 10ヶ月まで無い筈がないと思っているようだ。
 だがアシュの身体の変化を常にチェックしている私としては、誰が何と言っても2月10日はアシュ記念日なのだ。
 実は今日はマリーパパの誕生日でもあるのだが、そんなことはさておき、我が家がアシュ奴のお祝い一色に染まったのは言うまでもないことだった。
 いやぁ〜 目出度い・・・

  
 
 
2004年4月6日  桜の季節を愉しみながら、今日マリーのこどもたちはそれぞれの一歳を迎えた。
 一年前のこの日、『三代目はマリーの面影を受け継いだ毛色も白オレンジの仔を・・』などという私の密かな思いは泡と消え、三度のパピー育てがスタートしたのだった。
 私たちが病院へ駆けつけた時、既に4胎目を産み落とすべく頑張っていたマリーだったが、産室から出てこられた先生の「お父さんは黒い子ですね!」という言葉に思わず顔を見合わせたものだ。
 ほどなくして先に産まれた4匹の黒々としたパピーと数秒間の対面のあと、マリーが不安になるからとすぐに戻されたのだが、この時まだ私は『あとの2匹はオレンジに違いない・・』と頑固なまでに信じていたのだった。
 今思うと、毛色への拘りは見た目もマリーの分身が欲しいという私の我がままだったのだろう。
 どんな色でもマリーのこどもには変わりないのに。
 ただ、赤ちゃん色のオレンジとは違い、黒は生まれでた時からもう既に大人の黒なのだ。
 乳臭いパピーオレンジに慣れていたせいかちょっとした驚きはあったものの、手に触れたら最後・・もうすっかりその可愛さに黒光りの魔力にメロメロになってしまったのだった。

 あれから一年。
 うちの三色奴も見た目はもうすっかり大人の体格にまで成長した。
 アシュ育てはとても愉快で飽きることのない面白さがあり、いつも笑いの渦に包まれていた。
 『子育てを楽しむ余裕』が持てるようになったことも大きな成果だ。
 これはアシュの個性や性格に助けられるところが大きい。
 ミッキー,マリー,アシュ三者三様なのだが、私のひいき目を考慮してもやはり何と言ってもアシュが一番育て易かった。
 家の中で自由にさせている以上何らかのアクシデントや小さい被害は数知れずだが、お蔭様で押えておくべき防御のポイントが学習できた。
 ミッキーもアシュも悪戯のほとんどは“噛むこと”だった。
 服や布団好きのミッキー、ハード系のアシュと好みが違うのも面白い。
 マリーパパのパジャマを夜の間に八分袖にしたミッキーの笑い話は有名で、アシュはと言えば私の携帯破壊でハード系を極めたようだ。
 噛み犬ふたりに囲まれて、唯一噛まれ被害の記憶がないのがマリーだ。
 が・・この種の悪戯はしないというだけで、子育て全般を振り返ると一番手を焼いたのは彼女だった。
 ガラスがあるのを忘れて突破り中庭にでて、顔面血だらけで呆然としていた時はさすがにこっちがうろたえた。
 幸いにも傷は負っていなくて、出血は鼻をぶつけた時にでた鼻血だったのだが、この時前途多難な将来を思うとかなり落ち込んだのは言うまでもない。 
 そんなトラブルメーカーのマリーも母になった今は、アシュには滅法甘い。
 何でも一番じゃないと気がすまなかった彼女が娘には当然のように譲っている光景を見るにつけ、どこかほのぼのとした家族の姿を感じさせてくれる。

 アシュもいつかは母になるだろう。
 一年先か二年後か分からないが、全てのこどもたちを手放すという覚悟ができるかどうか・・・今は自信がない。 
 
   

 
 
2004年5月11日
  

  

2003年 6月 5日  日々ブリになるべく成長を続ける三色姫(うすいさん語録♪)ことアシュ奴。
 ソファーは3日前に制覇!
 もはやそこはマリーにとって最後の砦ではなくなっている。
 ジャンプ力はさることながら、手足の伸び方が半端ではないのだ。
 この間まで、ピョンピョンとカエルみたいに跳んでみるも全くもって届かず・・・
 ソファーの上のマリーは涼しい顔で見下ろしていたのだが、ある日突然ワンジャンプでクリアーしてしまった。
 幸運にも私はその瞬間を見ることができた。
 変化しているのは手足だけでなく、顔の色や模様まで昨日と違っている。
 毎日その姿を写真に残していると微妙な色あいの違いがよく分かる。
 例えば口のあたりの色は、2日と3日でもう違いがでてきている。
 私としては、口元のホワイトはなくなって欲しくないと思っているのだが、アシュの七変化を止めることもできず・・

 アシュにとっては偉大な母マリーだが、最近はアシュ目線でひたすら遊び相手に徹している。
 もともと年の割には遊び好きのマリーのこと。
 まんざらでもなさそうで、かなり長時間怪獣と化した娘と付き合ってくれている。
 さて、バトルも小休止して寛いでいるマリー。
 それを目ざとく見つけたアシュ怪獣はナント!身体を低くしながら『抜き足・差し足』で近づき、得意の溜めジャンプで一気に母を襲ったのだ。
 さすがのマリーもこれには思わず「キャンッ!」と声をあげていた。
 恐るべき本能!
 不完全だが一瞬ポイントらしき格好もした。
 あれはまさに獲物を狙うハンターだった。
 2ヶ月で猟犬の片鱗を見てしまった私はますます親ばかになりそうだ。

       

2004年7月21日  夏の暑さを身体が覚悟する頃になると、ケイの命日がやってくる。
 7月21日は4度目の命日になる。
 4年目ともなると、最後の数日の様子は今も頭から離れることはないが、8年間の楽しかった思い出も時々顔をだすようになった。
 しかし、ケイの苦しみを今だ書き留めることができないのは、4年が経過しても変わることのない現実である。

 今は成人した息子たちも、ケイがやって来た頃はふたりともまだ小学生だった。
 はじめてブルトンを飼うことになったわが家では、戸惑いながらもケイのクールさに幾分助けられ、子ども達は徐々にその存在を自然に感じ、また1歳8ヶ月という微妙な月齢のケイも程よい距離を置くことで早いうちに家族の一員としての居場所を見つけていったのだった。
 その後に続くことになる、ミッキー・マリー・アステルと見事なまでにパワーアップしていくわが家のブリタニー史だが、どちらかと言えば犬が苦手だった子ども達にとってブリタニー入門として、間違ってもアシュッパにはならなかったケイが適任だったのかもしれない。
 子ども達の楽しい思い出の中にケイがいてくれたこと、マリーパパに猟の醍醐味を教えてくれたこと、そして何よりミッキーを生涯の伴侶として見守りマリーとアシュを私たちに残してくれたこと。
 ケイが生きた証は、時が経つに連れてとてつもなく大きなものになってきている。

 誰にとっても愛犬との別れは辛い。
 その思い出はいつも心の奥底に深く静かに積もっているものだ。 
 残された者としては、せめてもの望みとして振り返ることの出来る沢山の思い出を置いていって欲しい。
 ただただそう願うばかりだ。
 
 写真は6ヶ月になったマリーと一緒に。
 ケイ、8歳と11ヶ月。
 この翌年、10歳と3ヵ月で生涯を終える・・

          
 

                         女ぷるとん三代記 Main へ

                    Copyright©2002-2007 Misty Long Hills Kennels. All rights reserved.




                                       
                                    うち、アステルどす。