2003年1月23日  マリーの動き回った後に薄いピンクの血痕を発見。
 そう言えば昨夜猟に行った後の点検で、怪我でもしていないかと仰向けにしてお腹を調べた時、ちょっとその
部分が膨れ気味かなっ?と思っていたのだ。

 いつかは来るものと思っていたが、来るべきものがとうとう来てしまった。
 4歳と4ヶ月、例えが悪いが麻雀で言えば一向聴(イーシャンテン=和がりの2段階前)の年齢である。この次
には5歳になっているかも知れない。最後ではないが、安全を考えればもう今しかない。
 そう思った私は、もうこれで今年の猟期も終わりかと覚悟を決めた。

 ケイの血を残そうと思えばいつかは迎えなければならない事態なのだが・・・
 雄を残せば大家族になってしまう。仔犬が必要な時に蕃殖してくれる相手を探さねばならず非常に困難で相手
にも負担をかけてしまう。
 系統を残そうとするなら雌を置くのが常道なのだ。ただ、折角の猟期中に発情したりで狩猟者としてはなんとも
不安なのだが・・・

 犬の蕃殖は簡単ではない。
 果たしてMarieが仔犬を産めるのだろうか。
 甘やかして育てたのでわがままである。自分が一番でないと気がすまないらしく、男の子のようなところがある。
 体型はスタンダードに近いし股関節にも全く異常はないが、Mickyと較べると骨盤が小さく、いわばこの頃流行り
のお尻の小さな女の子なのだ。

 出血を見た時からあらゆる事故を想定して、防止に努めなければならない。
 係留されて飼われている犬でも、匂いを嗅ぎつけて鎖を切ってまでしてやって来ることもある。
 どこから侵入して来るのか、この時ばかりは予測のつかない場所から入り込んで来ることもあるのだ。
 出血を見てから約80日後の出産と、出産から90日後まで、つまり半年間は気を抜けず、旅行はおろか日常の
買物すらままならない事もある。
 事故など決して無いように蕃殖しようと思えば、常識を超えた心労、負担が付いてくるものなのだ。
2003年 2月 2日  鈴鹿峠を越え、津までMarie を連れて行った。
 出血を見た日から今日で13日目。2日位前から尻尾を触ると横へ倒し受け容れのサインを出し始めていた。
 仕事のスケジュールを考えれば、今日交配が成功すれば全く問題はない。
 10日前からスケジュールの計算を始めてカレンダーが読めなくなるほど汚れたので、EXCELで作り直した。
 日帰りで行ける距離でないと不可能だと分かっていた。とてもMarie一人だけ遠くへ行かせることなど私には出来ないからだ。
 関谷保 氏のLoustic号が前から良いとは思っていたが、東京まで行けば2日がかりの1日勝負になってしまう。
 津にLoustic号の直仔がいるのを確認して一週間前から打ち合わせ、青木獣医師に診察を受けたうえで、満を持してのお見合いとなった。
 相手はLoustic Orphen du Adachi Sekiya(ルスティック・オーフェン・ドゥ・アダチセキヤ)というMarieと同い年のトリコロール。フランス・ブルトン最高峰の一角サン・チュガン犬舎からの輸入犬Loustic de Saint Tugenの直仔である。
 彼は津の白藤犬舎で自家蕃殖も何胎か経験があり、相性さえ悪くなければ簡単に終ると思っていたのだが・・・
 あまり書けないのだが、Marieよりも彼の方にちょっと問題があって今日は上手く行かず、仕方なく2日後に引き取りに来ることにして、Marieを残してきた。
2003年 2月 4日  2日間白藤氏から連絡がなかったので、やはり駄目だったのか、これでケイの血も絶えるのかと思いながら行ったのだが、着くなり「昨夜」仲良くしているのを二度見たとの話だった。まあ普通なら仲良くならない方がおかしいのだ。
 二泊もして寒い思いをしているだろうと心配していたが、当の本人は何事もなかったように元気で車に飛び乗った。
 帰り道にレストランで大好物の若鳥のから揚げをテイク・アウトし、名神のSAで食べさせた。
2003年 2月24日  交配から三週間になった。
 服を着せているのであまり目立たないが、脇腹のあたりがふっくらとし、腰のくびれがなくなったように感じられる。下腹は大きくはなっていないが少し堅くなったようだ。
 発情が終わると乳首が収縮するものだが、まだ大きく濃いピンクであり普通とは違う。
 青木獣医師に電話で問い合わせたが、三週間ではまだはっきりとは判らないので、一ヶ月経過するまで待つようにとのことだった。
 妊娠しているのかどうかはっきりしないと、誰にも話せない。実は空っぽだったでは笑い話にもならない。
2003年 2月27日  食欲ががたっと落ちた。
 朝食を夕方にやっと食べるといったところだ。ただ好きなものは別らしく私が何か食べていると横へ来て催促する。
 普段食べているものとは違うものを欲しがるようだ。
 ツワリの兆候だと思うが想像妊娠でもツワリはあるらしいので、診察を受けるまではまだ何とも言えない。
2003年 3月 2日  下半身がふっくらしてきたようだ。お尻も大きくなったように思う。
 朝に米飯を梅干大くらい食べさせたら10秒で吐いてしまった。
 米飯の匂いが駄目なようだ。牛乳とヨーグルトはOKだ。
 夕方に特製の親子丼を作ってやったら、ペロリと平らげた。
 今日食べたものは、牛乳と生卵・セブンイレブンのサンドイッチ・ビーフジャーキー・特製親子丼・ロースハム・若鳥の唐揚げ・コールスローサラダ・納豆・カロリーメイト・クランチチョコレート。苺は食べずにすぐ吐き出した。
2003年 3月 4日  まだMarieのツワリは治まっていないようだ。
今日も夕方に朝の分のご飯を食べたようだ。
 昼間に色々と貰ってはいると思うのだが、しっかり食べてくれないとと言う気持ちになり、晩ご飯のほとんどを取られてしまった。
 今日の食事は、朝は昨日と変わらず牛乳と生卵、夜はジャガイモとペーコンのオリーブ・オイル炒め、モツァレラ・チーズ、目板カレイの一夜干し、茹で玉子、ミルク・チョコレート、昼間は何を貰ったのか判らない。
2003年 3月 6日  昨日あたりからすこしずつ食べだした。
今までは自分の嗜好に合うものしか食べなかったが、食べずに残したご飯に向かってお腹が空いてくると「ワンッ!ワンッ!」とアピールするようになったらしい。今朝は牛乳に生卵を溶いたものを美味しそうに飲んでいたが、夕方に食べたドッグ・フードと私が夕食時に相伴させた酒のアテ(モツァレラ・チーズ、アーモンド、ピーナッツ、雑魚、ゆで卵)とを一緒に戻してしまった。
 アーモンドやピーナッツが胃に負担になったのだと思う。仕方なく寝る前にクランチ・チョコレートをほぼ一人前食べられてしまった。
 甘いものは至って快調。今日、日中は何やらイライラしていたらしく、Micky に向かって「ケンカ」を売りに何度か向かって行ったらしい。
 今週の土曜日か次の月曜日にはいよいよ検診だ。
2003年 3月 8日  なんとかツワリも治まったのか、食欲が出てきたようだ。朝一番は流動性の高いものしか食べなかったが、昼間と夕方にはかなり欲しがったようだ。夜にも昨日名古屋からの帰りに買ってきた味噌煮込みうどんをガツガツと美味しそうに食べた。この頃納豆とか、味噌味とか変わったものに食欲があったようなのだが、いよいよ本格的な時期に入ったのか、何でも食べなければならないような生理状態になってきたのだろうか・・・
 それにしても約63日間の妊娠期間で、一週間もツワリがあるのは重い方なのだろうか・・・Mickyの時には心配するほどの食欲の落ち込みなどなかったような記憶があるのだが・・・
 下腹の張りというのか、堅くなってきたようだ。肋骨の一番下の部分の胴幅が広くなった感じがする。
2003年 3月10日  青木獣医科医院で診察を受けた。
 診察台の上にMarieを仰向けにしてエコーで胎内を診てもらった。
 4〜5頭の胎児は確認できたと思うが、詳しくは予定日前にX線撮影しないと分からない。
 青木医師に限らず獣医師は皆少なめに言うものだ。
 Mickyの時も同じだった。
 ブルトンはどちらかと言うと多産で5〜8頭が普通だ。
 カメラマンとして連れて行ったマリーママが後足の押さえ役に回ったので、診察時の撮影はできなかった。
 医院の前の駐車場で写真を撮った。服を着ているのがほとんどなので、改めて太くなっているのに驚いた。

                 2003.3.10のマリー

2003310  昨日分にはこの種のことが書けなかったので、今日書くことにする。
 実は3月8日の夜に関谷保氏から電話があり、30分近くも話をした。師もケイのことは良く覚えておられて、
彼の父ヴュリの猟場でのこと、師の作出ではないがMickyの先祖がいかに優秀なブルトンであったかと言う
こと等々の話を聞いた。
 はじめて知ったのだが、ケイが当犬舎に来る前に実猟になぞらえたトライアル・レースで2位に入賞したことが
あったらしい。これを聞いてもし彼ならきっと環境の整っているフランスなどではTR(トライアラー)の称号を得て
いたのではないかと思った。
 マリーの婿殿の血筋についてはここで語るより、もしフランス語の分かる人であれば、血統書のリンク先であ
るHameau de Sorny(アモー・ドゥ・ソルニー)犬舎のHPをご覧頂けば、先祖犬のSka de Saint Tugenなど
について詳しく書かれている。師が協力してくれるので近々にUpできるだろう。
 師とは犬の名前の付け方に話が及んだが、ブリーダーがいかに仔犬に名前をつけるのに苦心しているかに
ついても話した。
 フランスでは年ごとに犬の名前に使用する頭文字(アルファベット)が定められている。今年は確か“U”だ。
 その年に生まれた犬にはは同じ頭文字の名前をつける。これによって、犬の名前を聞いただけでその犬の
年齢が分かると言うものだ。
 フランスでも犬の1st.nameは短い音のものが比較的多い。日本で良く知られている犬では、シム、フィル、
ティル、ヴュリ、ガオなどがあるがこれらの語韻をフランス人がどのように感じるのかは分からない。
 LousticなのかRustiqueなのかどちらが正しいのか最初は分からなかった。WEBで検索したところ、どちら
もフランス語のようだがRの方が圧倒的に多かった。パリにある通りの名前らしいが、Rustique(ルスティック
orリュスティック)はシャンパーニュ地方のフランス・パンにその名があり、外はカリッとして中がモッチリした食
感らしい。また、カマンベール・チーズのブランド名か同種のチーズなのか、同名のものもあるらしい。Rの方が
好みだったので使っていたが、生まれ年を推定するとLが正しいようだ。Saint Lubin犬舎にも同名のブルトン
がいる。
 Orphen(オーフェン、オルフェン)についても全く心あたりがなかったので同様に検索したところ、なんとアニ
メのキャラクターに“魔術師オーフェン”なるものがあるのを知った。
 師の談によると、数多くの仔犬を蕃殖させていると名前がネタ切れするらしい。いろんな形でアイデアを絞り
出しているらしい。
 日本でもA.J.H.C.などはその年の同じ頭文字を使用することを推奨してはいるが、言語が全く違うのでこれ
はほとんど守られていない。ある物語の登場人物の名前を振り分けたりするのがはるかに楽なのだ。 
2003年 3月14日  マリーの体は日々着々と母となる準備を進めている。
 大きめの服も横腹辺りが少しきつくなってきたのでそろそろ脱がせないとと思うのだが、服1枚分でもマリーの
体を守ってくれていると思うと中々決心がつかないものだ。
 本人は自覚しているのかどうか・・いつものスピードで隙間をすり抜けたり(体が太くなっているのに)、朝の挨
拶である飛びついて「おはよう!」も相変わらず続いている。
 散歩でもブリ走りにブリジャンプは健在である。少し重そうではあるが・・
マリーとはいつも一緒に寝ているが、最近は「今、何人の仔と一緒なんだろう・・」と思うとワクワクするような幸
せ感に浸りつついつの間にか心地良い眠りに入っているマリーママなのだ。
 とにかく、いとおしくて堪らない。
 赤ちゃん言葉で話しかけると、息子に「ミッキーの時はそんなんじゃなかったよ〜」と指摘された。
 何なんだろう?明らかにミッキーの時とは違う対応に実は自分が一番驚いているのだ。
2003年 3月15日  この2日間メール・サーバーの具合が悪かったらしく、送信も受信もできなかった。仔犬出産の案内を見て申
し込もうとしていた人がいたかも知れない。毛色と雌雄の別に関係なく飼いたいという人がいれば別だが、見て
からでないとその気にはなれないものだろう。どんな犬なのか、ペット・ショップなどでちょっと見てくるような訳
には行かない。ブルトンを知らない人には:結構難しいのかも知れない。
 お腹が大きくなってきた。胃が圧迫されるのか朝は一度には食べきれずに残してしまうが好きな食べ物なら
底なしのようだ。瞬間的に横をすり抜けられるとMickyなのかMarieなのか判らず目で後を追うことになる。
 夕方の散歩での出来事。例によって道の真ん中でMarieが用を足していたら、そこにグレーのベンツが来た。
人間でもそうだが、その最中に瞬時に移動できる筈はない。一旦止まったが、一秒もしない間にクラクションを
鳴らして発進し、30cm位まで詰め寄った。私が「コラーッ!」と睨みつけると走り去ったが、相手はどう見ても3
0歳までの若い男性だった。お年寄りや身障者に対しても彼は同様の行為をするのだろうか。自分の車なのか
どうかは分からないが、本来少しの精神的な余裕と微笑みをもってこれを見守れるべき人物が乗る車だ。ベン
ツの創始者はこのような日本人に乗られることを嘆いているだろう。
 リードに繋がれて散歩している犬は歩行者の一部だと私は思う。歩道と車道の区別のない道で、車がかなり
のスピードですぐ横を走り抜けて行く場合がある。後ろから来られると大変だ。このような時、人の姿は見てい
ても犬まで見ていないのではと思うことがしばしばある。散歩を始めたばかりの幼犬の場合、慣れていない刺
激に対して向かっていく場合があるので特に注意が必要だ。Kei,Micky,Marieと3頭連れての散歩の時は大変
だったのを思い出す。
2003年 3月16日  ここのところ週末になるといつも天気が悪い。先週、先々週も雨模様で外出を見送ってきたのでマリーの体の
事を考えるともう今日しかないのだが、やはり今日も降水確率50%・・。でも朝降っていなければ行こうと決め
ていたので渋るパパを説得して出掛けた。
 行き先は以前友人と行った時とても気に入ったお店で、今度来る時は絶対M&Mを連れて来てあげよう・・と
思っていたドイツ・レストラン「ヴュルツブルク」だ。ここは目の前に琵琶湖が広がり綺麗に整備された湖岸と松
林が絶好の散歩コースになっていて、私にとってはかなり非日常っぽい環境に感じられたのだった。広いテラ
ス席は犬連れでもOKで目の前の琵琶湖を眺めながらゆっくり食事が出来るという贅沢なお店なのだ。
 ところが・・・降らない50%に賭けて家を出たものの10分も経たないうちにポツポツ降ってきて琵琶湖へ着く
頃には傘がいる最悪な状態になってしまった。いつものM&Mなら折角来たのだから散歩ぐらいはさせようとい
う気になるところだが、マリーはご存知のように大事な体、雨に濡れるなどというのはもっての外。ということで
ミッキーも連帯責任を負い車で待たせることにした。琵琶湖まで来て一歩も外に出ず・・ちょっと可哀想だがこ
ればかりは仕方がない。結局彼女たちにとって今日はただのドライブだけになってしまった。この次来る時はマ
リーの娘の外食デビューになるかもしれない。その時までこの楽しみはふたりにはおあずけだ。
 写真はヴュルツブルクとミッキーもどきの今日のマリー。

    Burzburg    2003.3.16のマリー

2003年 3月18日  まだ本調子ではないのか、朝はは食味の良いものとか牛乳、玉子などしか食べない。或る程度のお腹の大
きさになったのか、外見は大して変わっていないようだ。出産予定日まで三週間を切った。明後日から本格的
なブリード食に切替える予定だ。
 この時期のフード・メーカーは、単なるブランドよりもやはりかって経験したメーカーのものを選ぶことになる。
 あまり早くから高栄養のフードを食べさせても、徒に胎児を大きくしてしまっては母体に負担をかけてしまう。
 最後の2週間が特に大切だ。この時期に骨格が決まると言っても過言でない。
 骨格に問題があると結果的に内蔵まで影響が出て虚弱な体質の仔犬をつくりかねない。今まで失敗したこと
はないが、大規模に繁殖する場合、この取捨選択を母体毎に出来るかどうかが大きな問題なのだろう。
 今まで当犬舎で生まれた仔犬に何らかの疾病が発生したとの連絡を受けたことはないが、もし何かあれば、
自分のところの仔にだけ何らかの原因で発症したとは信じてもらえないから特に気を遣うものだ。
 今日晩ご飯が終わってから、遊び半分でMarie MAMAに『Marie にそろそろラマーズ法を教えたらっ?!』
と冗談半分に『ハァーッ!ハァーッ!スゥーッ!スゥーッ!』と言ってみたら、何とスゥーッ!スゥーッ!は言えな
いものの口の動きに合わせてハァーッ!ハァーッ!と音を出して真似をした。何度やっても同じように上手にす
るので、『吐いてばかりじゃ、死んでしまうよっ』と私は紛らわせながら笑ったが、同時に何やら熱いものが込み
上げてきた。
2003年 3月21日  今日からマリーのフードがサイエンス・ダイエットのグロースになった。
 前回使った銘柄は品切れで、1ヵ月待たないと日本に届かないらしい。
 50ポンドの袋を3つ、宅急便のお兄さんに車から3往復して運んでいただいた。
 ブリーダー・パックと言われる大袋で、一つが22.5kgもある。
 今年になってから通常食のハイレーションを4袋買ったから、家の中に乾燥フードだけで今150kg以上あるこ
とになる。
 このフードを食べるのはマリーだけではなく、いずれ子供たちが母乳だけで満足できなくなった頃に離乳食と
してふやかしてあげた後はパピー時代の主食となるものなのだ。
 妊娠が分かって11日しか経っていないのに予定日の4月7日まであと17日になった。
人間と違って犬のお産は、気持ちの準備(覚悟)や物理的な環境整備に追われながらその日を迎える場合が
多いのだが今回も例外ではなさそうだ。
2003年 3月23日  この3連休はまずまずのお天気だったので予定していた仕事がこなせた。
 パピーたちのサークルの準備や産室になる一番大きなハウスを洗って家に入れたりとパパは大忙しだった。
 すっかり室内飼いになってしまったM&Mにとって、庭にあるハウスは自分たちが入る所とは思っていないら
しい。
 今となっては「そこにあるだけのモノ」になってしまっていた。
 しかし出産にはこれが一番よくて、屋根をとった状態で使うことになる。
 狭くもなくやたらと広すぎず、なによりも本人が安心出来る環境をその場で作れるという優れ物なのだ。
 しかしマリーは物心ついてからというものハウスに入ったことがない。
 出産までに「ここで産むんだよ」と教えようと思っている。
 あ〜・・・何から何までミッキーよりも気を遣うヤツだ。
 私の中で既にカウントダウンは始まっているというのに・・・
 気分転換にHPのTOPを変えた。
 犬モノのサイトらしからぬ壁紙にしたのは、これから産まれてくるパピーたちそれぞれがonly oneのガラスの
靴を見つけられるように・・・との思いを込めたからなのだ。
2003年 3月26日  東京出張から帰ってきた。今日までに色々なMailが入っている。Informationには種々書いてはいるが、要す
るにこちらが安心して渡せるかどうかだけの問題だ。
 本来は人物そのものなのだが、プライバシーの問題もあり結構気を遣う。ブルトンの事を良く調べて、性別や
毛色に関係なく希望するとの内容なら、なるべく優先したいと思うのは当然のことだろう。
 なにしろ、こちらはなるべく早く仔犬譲渡に関するページを閉じたいのだ。臆することなく直接の紹介は寄せて
いただきたい。
 繁殖させる以上、何頭生まれようが最悪全頭を自犬舎に残す覚悟はできている。Informationに書いてある
ことは一般に当然のことであり、愛犬家なら常識なのだから・・・
 マリーは元気だ。明日、明るい時間に真上からの写真を撮ろうと思う。
2003年 3月27日  子宮が膨張して胃を圧迫しているのか、今日の朝は牛乳・卵以外は殆んど食べなかった。高カロリーが食欲
を減退させているのかも知れない。食べたくなれば何らかの形でアピールするので、心配することはない。いず
れ身体が要求するのだ。
 この週末にX線検査をしようかどうか迷っている。このクラスの体構の犬の妊娠期間は62〜63日が普通なの
だが、個体差があって予定日の前後何日かは可能性がある。何しろ受精卵がいつ子宮に着床したかは誰にも
分からないからだ。X線撮影の時期が早すぎてもいけないし、遅すぎると台の上に乗せるのもどうかと考えてし
まう。明日青木医師と相談してみよう。
 土日のどちらか暖かい日に出産前の最後のシャンプーだ。産褥も作ってそろそろ慣れさせることも必要だ。
 出産にあたって最大の問題点と言うか、経験したことのない懸念が一つある。とても長くなるので、後日に書
くことにする。
 乳首が一つずつ独立して色々な方向へ向くようになってきた。下腹も下がってきた。短足種なら地面に付き
かねないくらいだ、上から見ると胴も1ヵ月前の倍にはなっている。
 今日の夜、腹に手を当てていたら急に『ビクンッ』と来るものを感じた。

             
2003年 3月28日  朝の分のフードを夜にも食べ残した。食味の良いものならいくらでも食べるようなのだが、甘やかして昼間に
好きなものばかり食べさせても必要な栄養素が備わっているとは言えない。
 このあたりが一番悩むところだ。食べて欲しければ人間食に近いものになり、栄養のバランスを考えてフード
を主にすれば食べないし、栄養価の点で不安になる。今日も結局いつもあまり食べないスモーク・チーズ、カシ
ュー・ナッツ、胡桃のほかにグラタン仕立てのソーセージ、キャベツ、チーズのおこげ、しらす干しなどを激しく要
求した。
 フードが嫌ならそれでも構わないが、卵黄と牛乳だけは欠かせてはならない。
 腹を隠している飾り毛の隙間から大きく膨れ上がった乳首がはみ出すようになっている。もともと腰から下は
華奢で乳はかなりボインの方だったが、今は全ての部分が逞しくなり、首から上と下とが同じ生物だとは思えな
い位になっている。
 あと何日だろう。ミッキーの時に較べると下腹部の膨らみがやや小さいようにも思う。4胎か5胎位なら本人も
こちらも楽なのだが・・・
2003年 3月29日  今日獣医さんに電話を入れると、レントゲンを撮ってもよいとのことなので夕方マリーを連れて行った。
 いよいよ出産前の診察はこれが最後となる。
 体重を計ると18.05 sだった。
 ミッキーの時に比べてお腹の大きさは幾分控えめで、その分動きも全く身重には見えないのはこの体重から
も頷ける。
 臨月が近づいても横綱ミッキーには勝てそうにないマリーである。
 マリーのお腹の大きさからすると5胎ぐらいだろうか・・というのが私たちの一致した考えだった。
 まずレントゲンを見せて頂いたが素人目には何が何だかさっぱり分からない。
 先生も首を捻りながら「う〜ん、ふたつ・・ん?そんなはずないな・・」と言って息子さんを呼んでこられ、暫くふ
たりで見入っておられた。
 どこにどんな風に入っているのか見当もつかない私たちにとってはドキドキの数秒だった。
 一匹ずつの様子がもっとハッキリ写るものだと思っていたが、まだ骨も細いので分かりづらいらしい。
 実際、パピーの向きもいろいろで背骨と頭を目安に判断していただいた数は『4胎』だった。
 ピッタリと重なっている可能性はゼロとは言えないそうだが、多分この数で間違いないとのことだ。
 ブルトンにしては決して多いとは言えないが、正直ほっとした。
 マリーにとってはこれぐらいの数がちょうどいいのかもしれない。
 だんだんと“その日”が近づくに連れて「逃げ出したい」思いに駆られていたが、これで幾分気持ちが軽くな
った。
 残りの日々はマリーを不安がらせないためにも「大丈夫!」とドンと構えていよう。
 どうも犬の出産というのは、知れば知るほどまた経験すればするほど余計な心配をしてしまうものらしい。
 帰宅後レントゲンで確認した場所にそ〜っと手を当ててみた。
 動いている!手のひらの中でピクッっとしたあと手足らしき動きがモコモコと伝わってきた。
 元気だ!あともう少しだよ、頑張れ〜!!そして安心して産まれておいで。

               
2003年 3月31日  産褥が完成した。しかし本人はまだ全くの無関心だ。
 中に入れてガムなどをやっても、他へ持って行って食べる始末だ。
 産箱はMicky が二度の出産に使ったものだ。
 まさか使うことはないだろうと思いながら残していたものを引っ張り出してきた。
 マリーの兄弟たちが噛み付いてガリガリやった跡も残っている。
 かなり大型のバリケンもあるのだが、もともと輸送用なので奥行きは充分なのだが、幅が足りない。母犬が
寝そべった時に仔犬が下敷きになる可能性がある。
 前の車に合わせて作ったケージも残ってはいるが、こちらは大きさは充分なものの材質がアルマイトなので
冷たい。非常用だ。
 やはり実際に使ったことのあるものが安心できる。
 床に凹凸がないのでスノコなどの必要がなく、事故を防止できる。
 玄関ホールの一角を90cm×180cmのサークルで囲い、床にビニール・シートを4層にたたんで敷き、産箱を
一番奥に据えた。産箱の上には真四角のテーブルを置いて蓋の代わりとした。このテーブルの上には色々な
出産用品が置けるのでとても便利だ。屋外ではこのようには上手く行かない。
 これで入口以外が遮蔽され、母犬に安心感を与えられる。
 他に出産用品として揃えたものは、犬用ミルク、消毒薬、絹糸、鋏み、ペット・シーツ、哺乳瓶、注射器、綿棒、
バケット、保温具、タオルなどだ。ブドウ糖液はドラッグ・ストアで売ってなかったので砂糖で代用する。
 玄関ホールは冷えるので、日によっては暖房具も必要になる。出産が完了するまで先に産まれた仔の体温を
下げないようにする必要があるからだ。
 今朝から検温を開始した。犬の体温は38度Cくらいだ。
 出産の始まる24時間前にはこの体温が1度Cほど下がる。
 デジタル式の体温計だが、何度か点滅しながら0.1度Cずつ上がっていく。体温が高い分、この時間が人間の
場合より長くなる。37度Cあたりから始まる体温計が欲しいものだ。
 今朝のMarieの体温は37.6度Cだった。

              

2003年 4月 1日  今回の蕃殖に関しては、一つの重大な懸念がある。まだ経験したことのない分野だ。
 MickyとMarieとの関係だが、もちろん彼女たちは母娘である。
 青木獣医師の談によると、犬の場合の親子関係は人間の場合とは大きく違い、子は全く人間のようには親を
認識しないらしい。母親はなんとなく自分の子であることを認識するそうだが、これも人間とは違い極めて希薄
で、父親に至っては全くの無関心らしいのだ。
 人間でも犬でも2人・2頭までは相対関係だが、3人・3頭になるとそこに最小単位の社会が生まれる。
 ケイがいた時には私たちも気づかなかったのだが、牡であるケイがいることによって、MickyとMarieの間には
母娘の感情があろうがなかろうが全然問題などなかったのだ。

 ケイが亡くなってしばらくすると2頭の主導権争いがはじまった。
 私たちの寵愛を一手に集めている?と思っているのか、MarieがMickyよりも上に立とうと挑みかかって行くこ
とがしばしば起こるようになった。
 最初の頃は14kgのMarieが18kgのMickyに勝てる筈もなかったのだが、Mickyの加齢に伴ってこれが拮抗
するようになってきた。
 2頭だけでいる場合は何ともないのだが、そこに誰かが加わって2犬・1人の状態になった時、大抵は安全な
場所に退避するMarieがMickyを威嚇するような行動を見せることがある。無視してその場から立ち去ると衝突
は起こらないので、おそらくMarieがMickyよりも上だと認めて欲しく、観客を必要とするからだと思われる。
 MickyはMarieをなだめようと色々と愛想するのだが、かかって来られると彼女も黙ってはいない。
 争いになってもMickyには母としての感情が少しはあるのか、Marieが受傷するようなことはほとんどないが
、Mickyが小さな怪我をすることが稀にある。
 女の喧嘩だから噛み傷ではなく爪による引っ掻き傷程度なので心配は要らないのだが。
 現在はまだMickyの方が上なのだろう。喧嘩が収まってもMarieはいつも狭い所に逃げ込んでいる。しかし
Marieは日々虎視眈々とその時を狙っているのだ。

 以前にあるドイツ人女性が書いた多頭飼いをしていたころの手記を読んだことがある。
 牝犬同士の関係においては、先輩犬が後輩犬の出産を認めないことがあると言うものだ。
 群れる習性のある動物は母親に何かの事故があった場合、周りの牝たちが母親に代わって子育てをするこ
とがあるようだが、犬の場合はどうなのだろうか。
 人間ならおばあちゃんが孫をこよなく可愛がるのは当然なのだが、自分の子に対する感情も希薄なのに、孫
であることを認識できるのだろうか。

 このドイツ人女性の手記では、女性が目を離している間に先輩犬が後輩犬の子を全頭噛み殺したようで、争
った形跡もなかったことから、おそらく母犬は無抵抗だったであろうと述べられていた。場合によっては母犬が
子を守ろうとするあまり、自分で食べてしまうようなこともあるようだ。
 事実多頭数飼育しているブリーダーは母と仔犬とを他犬とは隔離している。
 信じられないことではあるが、用心するに越したことはないのだ。
 やがて親・子・孫三代の女ぶるとんが同居することになるだろうが、心配の種が尽きることはない。
2003年 4月 2日  4頭という少ない仔犬の中からどの仔を残せば良いのか悩むところだ。
 頭数が少ないだけに『全部牡だったらどうしよう。』と考えることもある。
 私は毛色について特に好みはないが、長男が『ケイ君みたいなブチ足が良い。』と言っている。つまり白・
オレンジでもルアネ斑が鹿の子状に強く出た、いかにも猟犬らしいのが好みのようだ。
 長男は白・オレンジ以外実際には見たことがないだろうから、ケイのイメージが強いのは仕方ないが、最近
マリーママまで同じようなことを言い出している。
 仮に白・オレンジ、白・リバー、白・黒、トリコと1頭ずつ産まれたらどうするのだろうか。
 例えば白・オレンジが牡で白・黒が牝だったらどちらにしようかとか、ああだこうだと言う状態だ。
 それを聞いていて私はふと思った。『なるほど牡を残す手もある。何年か経てばまた嫁をもらえば良いのだ。』
とか『今回全部牡だったらMarieにはもう一度頑張ってもらおう。』とか色々だ。
 まあ結局は牝を残すことになるのだろうが・・・
 譲渡を希望する人たちのためにも早期に、眼が開く時までにはどの仔を残すのか決めなければならないと考
えている。
 気が早いのかもう名前まで決めている。マリーママと長男が色々と考えていたようなので、私がある名前に
もう決めていると言うと、どちらも異存がないのを見るとマリーママと長男を黙らせるだけの力がこの名前には
あるようだ。幼名については多頭数の場合どうしようかと心配していたが、4頭なら何とでもなるだろうと言うこ
とで、ぶっつけ本番になってしまった。
 もし4月7日に産まれれば、牡なら『アトム』、牝なら『ウラン』というのも有力だ。
 最近知ったことなのだが、鉄腕アトムは2003年4月7日が誕生日の設定で書かれているらしい。ただ、
『ウラン』は最近劣化ウラン弾が問題になっているので、ちょっとイメージが良くないかも知れないが・・・
2003年 4月 3日  『その日』が刻々と近づいて来たマリーは顔と身体が別人のようになってきた。
 私たちが心配するほど小さかったお尻もミッキーを上回るほど貫禄が付いてきた。
 ついこの間まで「ピクッ」とした振動を感じるたびに大騒ぎしていたのだが、今日のマリーのお腹は凄かった。
 同じ姿勢で長く寝ているのが苦しいらしく色々寝相を変えながらも最後はへそ天で寝るのが一番しっくりする
ようだが そんな時のお腹は凄い状態になる。
 マリーの呼吸とは明らかに違い、まるであちこちで波打っている様に別人格の生き物が暴れ始めるのだ。
 4匹のエイリアンたちが今か今かと『その日』を待っているのだ。
 声を掛けながら撫でると手足を突き出すようにして応えてくれる。
 早く会いたい・・・でも予定日までもう少し狭いところで我慢するんだよ。
 私とエイリアンたちとのやり取りをマリーは夢の中で聞いているのだろうか。
 こんなに暴れているやつらをよそ目に熟睡しているマリーに母の大らかさを感じたひと時だった。

               

2003年 4月 4日  計算通りなら、7日月曜日あたりが濃厚だがこれだけは分からない、体温だけが唯一の情報だ。毎朝・晩に
体温を測っているが、大体38.2度から38.4度がMarieの平熱のようだ。
 最初に測った時は体温計の調子が良くなかったのか37.6度だったと思うが、次の時から体温計を変えたので
安定している。本人ももう慣れたのか、獣医科で測定する時よりもはるかにリラックスして当然のように、今では
全く平気になってしまっている。
 下腹全体が硬くなってきている。当家ではPCと産室が極めて近くにあり、今こうしている時にも足元で産褥に
入り良く寝ている。
 胎児はかなり動いているようだ。何が母性を目覚めさせるのか、人間のように努めて意識しなくても、胎児の
動き自体が徐々に母性本能に火をつけていくのではないかと思う。
2003年4月5日-1  昨夜検温した時38.4度とやや高めだったので再度検温したのだが、その結果が38.5度だった。
 今朝検温すると1度目が37.8度、2度目が37.9度だった。
 もしかすると体温が下がり出しているのかもと思い、3時間後の10時半に2度検温したが、37.1度と37.4
度。明らかに1度C低下している。いよいよだ。今朝まったく食欲がなかったのも当然だ。
 陣痛の兆候があるのかやや落ち着きがなくなったようにも見えるし、元気がないようにも見える。
 2月2日から4日にかけてお見合いしている。最初の日にうまくいかなかったので2日後の2月4日を第1日目
と計算していたが、1日繰り上げると今日が62日、明日4月6日が63日目となる。
 今夜から明日にかけて出産が始まるのだろう。

             

2003年4月5日-2  16時ごろ私が買物を済ませて帰ってくると、マリーママが心配そうに『マリーがガタガタ震えている』と言うの
で、念のために再度検温した。37.5度C、絶対間違いない。
 朝から何も食べていないが胃の中のものを全部もどした。産箱に入って大人しくしているが、時々『ハア、
ハア、ハア』と粗い息遣いを続ける。陣痛が来ているのだろう。
 まだ周りの出来事に注意を向ける余裕があるようだが、この状態が頻繁に繰り返され、間隔が短くなってくる
と分娩が始まるのだ。この様子では今晩のうちかも知れない。
2003年4月6日-1  昨夜の夕方から始まった『ハア、ハア』状態は日付が変わっても同じように続いた。傍でみているととても苦し
そうで、今にも産み落とす時のポーズをとるのではないかと思えた。
 マリーママがもう何時間も背中をさすり続けていたので、午前二時を過ぎた頃、別室で休ませることにした。
まだ本物の陣痛ではなく、余り構いすぎるからかえって興奮状態になるのではないかと思ったのだ。
 玄関横の階段室が吹き抜けになっているため暖房の効果が上がらず、移動できるセラミックと石油のファン・
ヒーター2台で暖めた。落ち着けるように玄関上がり框部分のダウン・ライト1個のみ残して他は消灯した。
 午前二時過ぎから四時半頃までなるべく動かずに見ていたが、この間三度ほど起き上がりハア、ハアとしば
らく言っていたがそのほかは大人しく、寝返りをうったり穴を掘るしぐさをしたりだった。
 ハア、ハアを続けていると喉が渇くのか、2度ほど外へ出て水を飲んだが、暫くして胃液とともに吐き出した。
 朝七時過ぎに体温を測ってみると36.1度と36.5度。少し低すぎるので心配になり、仕方なく青木獣医師に電
話してみると、『まだ陣痛が来ていない。その状態なら今日中には産まれるでしょう。』とのことだった。
 まったく手のかかるヤツだが、Mickyの時も産室の横に布団を敷いて二晩寝たこともあり、お産とはこのような
ものだと思っている。
 まる1日以上栄養価のあるものを口にしていないので、卵黄を与えたら食べてしまった。青木獣医師からは何
も食べないだろうから砂糖水を飲ませるようにと指示されていたが、予想外だった。蜂蜜も少し舐めたようだ。
 今二つめの卵黄をねだっている。

     

2003年4月6日-2  四時半頃、マリーを病院に預けて帰って来た。なかなか強い陣痛が来ないので大きな病院で相談したところ、
エコーとレントゲン検診によって判断しましょうと言うことになった。
 エコー検診では胎児の心拍数を調べてもらったが、200位あるべきところ160から130とかなり胎児が弱ってき
ているとのことだった。
 四歳半での初産なので当然リスクは覚悟していたが、やはり母子全頭を助けてやりたい。
 昨日の深夜の陣痛がピークだったらしく、甘やかされている犬はこの時に上手に分娩できないことが結構多
いということだった。
 マリーもこの2日間ろくに食べていないので体力も低下している。もう大きな陣痛は望めず、仔犬の命を危うく
するだけだ。全頭助かる可能性に賭けて帝王切開することに同意した。
 今他の大きな手術が入っているらしく、三時間後くらいから始まるようだ。それまで何とか頑張って呉れれば
良いのだが・・・
 レントゲン検診の結果、胎児は5頭であることが確認できた。
 母子とも今日中には帰ってくる。帝王切開でも出産は出産だ。Marieもここまで良く頑張ったと思う。
2003年4月6日-3  劇的な1日だった。2003年4月6日-2をUPしてすぐに病院から電話があった。
 先ほど自力で第一仔を産み落としたとのこと。第二仔以降は陣痛促進剤の力を借りたようだが、今第三仔
まで産まれたという報告だった。
 マリーママが明日はきっと買物に行けないからと出かけていた最中だった。帰って来るなり病院へ駆けつ
けた。第四仔が産まれたところだった。第五仔の出産に立ち会いたかったが、Marieが動揺するといけない
ので自重したが、Marieは既に私たちが病院にいるのを嗅ぎ取っていて私たちを呼んだ。
 先生の説明では、詳しくレントゲン写真を調べたところもう一仔いるとのこと。全部で六仔だ。
 牡2頭に牝4頭、はっきりしないが全部白・黒かトライ・カラーだ。

     

2003年 4月 7日  昨日はまだ私に気持ちの余裕がなくてここに来れなかったのだが、一夜明けた今日はマリーも子供たちも
そして私も、それそれの役目をかなりスムーズに出来るようになってきたので、慌ただしかった昨日を少し振
り返ってみようと思う。
 
 今思えばマリーの出産は幾つかの判断や偶然に随分と助けられた。
 先ず陣痛開始から24時間が過ぎた頃思い切って獣医さんを変えたことで今現在の子供たちの様子をエコ
ーとレントゲンで診ていただけたこと。
 それまで掛かっていた先生に電話で相談申し上げたところ「まだ陣痛と呼べるものが来ていないのだろう、
今日中には産まれますよ」という答えだった。
 その時は一応安心はしたものの段々時間がタイムリミットに近づくに連れて「絶対普通じゃない・・」と判断し
た私は、ケイの頃からずっとお世話になっている先生に・・という思いを捨てきれないでいるパパを説得して、
以前一度緊急で診ていただいたことのある大きな病院で再度チェックしてもらうことを選択したのだ。
 その結果は6日-2でパパが書いている通り、予断を許さないものだった。
 相談の結果苦渋の選択で帝王切開していただくことを決めたものの、大きな手術が入っているので今すぐに
は出来ない、3、4時間後になるが緊急の事態になった時は速やかに対処しますとのこと。
 何も起きないことを願いつつ帰宅して、術後のマリーを迎える準備をすることにした。
 明日以降の準備のため買物に出かけたが、その間に獣医さんからの連絡で、マリーが自力で第一仔を出産
して今先生の力を借りて三仔まで産んだことを聞かされた。
 奇跡だ〜! あれ程一晩頑張ってもどうにもならなかったのに、マリーのヤツ最後の最後にやらかしてくれた
ものだ。
 先生がおっしゃるには、私たちに置いて帰られたマリーは興奮状態となり他の手術を待たされている間に出
産に繋がるようないきみ方をしたらしいのだ。
 まさに『火事場の底力』を発揮したようだ。
 もし、他に手術の予定がなければ、すぐに帝王切開に入っていたかもしれない。
 陣痛微弱による難産は予想もしていないことだったが、切迫したあの事態に直面した時に私たちが選んだ
道は決して間違ってはいなかった。
 「緊急の事態」は破水や胎児が危ないということではなく、マリーの頑張りによって起きた奇跡だったので
ある。
 今は、マリーを優しく励まし力を貸してくださったダクタリ動物病院の先生方に心から感謝申し上げたい。


     
2003年 4月 8日  日記というのは今日の事を綴るものなのだが、6日の出来事として書き留めておきたいことがもう少しだけ
あるのでここに書かせてもらうことにする。
 マリーの出産が始まったと聞いて急いで病院に駆け付けた時、先生がその様子を説明してくださりながらマ
リーがすごく『おっかさん』しているということを言われた。
 先生がおっしゃるのには、マリーの母性はかなり強いらしいのだ。
 それゆえマリーの場合、子供たちを首の辺りや顎の下に隠してしまうという行動が何度か見られたそうだ。
 こういう動作傾向のある母犬は、子供の圧死に気を付けないといけないので注意して見て欲しいと言われた。
 ミッキーの時は何も気にならなかったので、その時はかなりのプレッシャーを感じながらの帰宅となった。
 家へ帰ったマリーは用意していた産室にすんなり入り一安心するも、違う環境での出産にまだ興奮が残って
いるのかピリピリした状態で急に起き上がったり、また子供の上に座り込んだりと、危なっかしい新米母そのも
のだった。
 先生が言われた子供を隠そうとするような行動も頻繁にした。
 その度にマリーの顔を持ち上げ「顔はここ!」と上にあげるように何度も言い聞かせたが、警戒心はそう簡単
に解けそうにない。
 このままだと夜になっても傍を離れられない・・・徹夜で見る覚悟を決め明け方まで付き合うことにした。
 深夜になってからマリーは序々に落ち着きを取戻してきて、私が傍にいることで安心したのか、子供たちの
扱いも優しくなりオッパイのあげ方も上手くでき、見ている私の方も安心出来るようになった。
 私たちの愛情を独り占めしたくて、母親のミッキーさえも喧嘩相手にしていたマリー。
 初めての出産に苦しみ、母性の塊になりながらも早いうちに母としての優しさ強さに目覚めたマリーはきっと
本当の意味で『おっかさん』 になったのだろう。
 守るべき者を得たマリーは顔つきも変わり、ミッキーには目もくれずただひたすら子供たちの世話をしている。
 今私は、(当然の事だが)以前のように家庭内ストーカーをしてくれないマリーに一抹の寂しささえ感じながら
彼女の子育てを見守っているところだ。
 私が家から出られないだろうと差し入れを持って見に来てくれた友人も、「あのマリーちゃんがこんなに変わ
るとは・・」と驚いていた。
 大人しいミッキーと比較されるので、マリーにはよく「あの」が付くのである。
 今日はへその緒が次々ととれて、あちこちにちっちゃい干からびたものが落ちていた。
 マリーは今日はあまり食欲がないらしくミルクしか飲まない。
 明日は断尾に行く予定なので母体検診もしてもらおう。

      
2003年 4月 9日  今日は別件で役所に用事があり休みをとったので、午後から断尾に病院へ連れて行った。
 断尾については欧米では反対の勢力もあり、日本でも稀に紹介されることがある。確かに断尾の必要性のなくなった犬種まではどうかとも思うが、ブルトンは猟能を失っていない数少ない犬種であり短尾・無尾も生まれるからスタンダードとして一定の長さが要求されるのは仕方ないのだろう。
 断尾の効用はいろいろと言われているが、極限に近い猟野で受傷から逃れるためと筋力UPの為だ。
 ブルトンは50cm内外の四角いシルエットをしている。そこから長い尾が飛出していると茨などに引っ掛かる。 何という名の植物かは知らないが、深い山の沢に入る降り口に釣針状の棘をもった低潅木が良く生えていて、突っ込みの良かったケイは何度もこれに耳を切られている。丸い耳の先端がイチョウの葉のように2つに裂けるのだ。痛くて出血が気持ち悪いから、何度も首を振って耳をバタバタさせる。遠心力が働いて血がなかなか止まらない。貧血を心配して病院に駆け込んだこともある。血まみれの車で一般道を走るのもさすがに気が引ける。尾は無いに越したことは無い。
 仮にキジが1sとして、犬体は15s。人間を60sとするとキジは4sに換算できる。人間が4sのキジを咥えて四つん這いで何歩歩けるのか。疑問のある人は試してみれば良い。
 犬は尾でバランスをとっているが、尾が無いとこれを筋肉でカバーすることになる。当然筋力特に背筋が鍛えられ、重いものの運搬が可能になる。体構の一番小さなブルトンにとってはやはり断尾は重要なのだ。

 Marieは出産の疲れと産褥熱で元気がない。薬と療養食を病院でもらってきたが、試食では良く食べていたもののやはり食がすすまないようだ。
2003年 4月10日  4月5日土曜日の夜から4日間玄関に設けてある産室の横に布団を敷いて寝た。さすがに昨日4月9日の夜は部屋でMicky を抱いて横になっている間に眠ってしまった。
 朝4時ごろに『きゅんきゅん』と尋常でない泣き声に目が覚め見に行くと、産箱の中から外へ私たちが『ひょうたん』と呼んでいる波型の黒い斑を持っている女の子が出ていた。かなり冷え込んだ時間帯だったがMarieがしきりに面倒を見ていたので何も問題はなかった。暖かい懐に潜り込みたくて泣いていたのだろう。
 1頭づつの違いがすこし分かってきた。牡2頭はどちらも白黒で色あいが美しい。牝は白黒とトリコが2頭づつのようで、『ひょうたん』に代表されるようにどれも個性的だ。
 親子は良く似たもので、Marieのように左頬に斑のある子が2頭いる。トリコやそれに近い白黒はマントを羽織ったように黒の斑が背中に大きく拡がっているのが特徴で、バーニーやボーダーと良く似ている。
 1頭だけをどの子かに決めろというのは極めて残酷な話だ。
 個々の仔犬の映像は眼が開いてから公開する事になるだろう。
 夜になってようやく、Marieは少しのヨーグルトと病院食を受付けたようだ。

              

2003年 4月11日  パピー誕生から5日目を迎えた。
 子供たちは日に日にしっかりとした顔つきになり手足の動きも力強くなってきた。
 全身に全ての力を込めてオッパイを探す姿には、本当に溢れんばかりの生命の躍動を感じずにはいられない。
 子供たちも一生懸命なのだ。
 そして今、母になったマリーも産後の疲労と戦っている。
 本来この時期の母犬は普段の1.5倍以上のフードを必要とするのだが、まだ熱が下がらないらしく病院食もあまり進まずかろうじて口にするのは少しのヨーグルトとたくさんの水だけだ。
 しかしぐったりするようなこともなく、実に甲斐甲斐しく子供たちの世話をしている。
 「マリー・・・1分1秒でも早く美味しいものをいっぱい食べて栄養をつけて欲しい」
 長い陣痛がマリーの体に及ぼしたダメージは予想以上のものだったのだ。
 救いなのは母乳が充分足りていて子供たちがひもじい思いをしていないこと。
 がんばれマリー!!

 昨日初めてパピーたちの耳が動いた。
 それまで顔にぴったりとついていたのだが、耳らしくなってきたと思っていたら「ピクピクッ」っと動いた。
 目もまだあいていないが、眼球の動きが分かるぐらいに目元がしっかりとしてきた。
 
2003年 4月12日  実は昨日(11日)の夕方から夜にかけてまた事態が緊迫して、この三代記も充分なメンテが出来なかった。
 私の携帯にマリーママから電話がかかってきた。やはり嘔吐と下痢が止まらず、震えて元気がなく乳が出ていないというものだった。少しのカスピ海ヨーグルトと卵黄以外受付けないらしい。それではボインのMarieでも乳が止まっておかしくない。熱があるのでびっくりするほど水を飲むようだが、これによって胃が持ちこたえられずに嘔吐を繰り返しているようだった。
 私は帰り道の大丸で赤身の牛肉を買って帰った。犬が何も食べられない時、この赤身の牛肉が最後の砦だ。後は点滴に頼るしかない。
 帰るなり私は卵黄に蜂蜜を溶いて牛肉にまぶし、甘味のユッケを作った。蜂蜜を受付けるかどうか分からなかったが、とにかく低血糖状態を起こしてはならないと考えた。
 Marie はユッケをおにぎり大ほど食べた。もっと食べられそうだったが大事をとった。もどしては何にもならないので水は少しだけにした。夜に病院へ行き診察を受けたが、まだ後産が残っていて、子宮内膜炎から子宮蓄膿症への移行の段階にあり、白血球が増加していると言われた。悪化すると子宮摘出の必要があるとも言われた。ただ体温は38度に下がっていて乳は出ているとのことだったので、抗生剤を射って明日まで様子を見るとのことだった。悪化していれば緊急手術の必要があると言われた。
 抗生剤はその4%くらいしか乳に出ないらしく乳児には安全だと言われたが、私はそれならなぜ昨日に注射して貰えなかったのかと釈然としなかった。
 家に帰り再びユッケをやると美味しそうにバクバク食べた。朝になるとMarie はかなり具合が良くなったようで、目にも力が戻り、なぜか水をあまり欲しがらなかった。
 以前は水分補給のため、水はいくら飲ましても構わないとの事だったので飲ませていたが。今日11日の夜は水を多飲するのがこの病気の特徴であり、それが嘔吐を誘発するなら控えたほうが良いと言われ、時間を置いて、しかも分量を3分の1程度にしてやることにした。
 12日朝も美味しそうにかなりの量の肉を食べた。午前九時過ぎに点滴に抗生剤を混ぜて点滴してもらったようだ。
 来週の火曜日に再度経過の診察だが、下痢止めの薬以外に抗生剤の錠剤ももらったようだ。日中はかなり状態が良かったようで、今まで食べなかったものもかなり食べたらしいが、夜になって気分が悪くなったのか泡まじりのヨダレを出してしきりに水を欲しがった。便は少しは盛り上がってくるようにはなったがまだまだだ。
 今は子供たちと寝ている。時々思い出したように横向きになって寝そべっている上の方の足を高く上げ、子どもたちが入り込みやすいようにしている。全く母性は偉大だ。
2003年 4月13日  今日のMarieはかなり回復してきたように思う。まだ固形のパピー食は食べないようだが、今朝市販の缶詰食で水分の多いものはガツガツとむさぼった。あれほど嫌いだった病院食も他のものに混ぜれば少しは食べたようだ。水を欲しがることも少なくなり、動作も機敏になってきた。お腹が空くと、マリーママを呼んで要求したそうだ。Mickyを外へ連れ出した時、その様子を音で感じ取ったのか、自分も連れて行けと言わんばかりに吠えた。
 便も少しは形がでて盛り上がるようになってきた。なんとかこのまま全快してもらいたいものだ。手術という結果になってしまえばあの時帝王切開しておいた方が良かったということになってしまう。
 昨日の診断時に仔犬の成長が遅いのではと診断され、人工哺乳を行っている。生まれた時は6頭ほとんど同じ大きさに見えたが、食摂りの良い子とそうでない子とに少し差が出ていたのだ。
 この時期の仔犬は1日あたり30グラムほど体重が増えるのが普通だそうだ。それからすると少なくとも3日ほど遅れていることになる。Marieがほとんど栄養のあるものを口にしなかった時期が3日ほどあり、母乳の出が悪くなっていたのだろう。
 1頭づつ毎日体重を計り、大きい子は母乳だけ、小さい子は日に4度マリーママがミルクを飲ませている。そのせいか、たった1日で随分ふっくらとしてきた。

  
2003年 4月15日  今日のMarieは完全復活と言ってもいいような元気さだった。
 食欲のなかった時に大量に買い込んだ赤身の肉をバターで炒めて固形フードに混ぜてやると、一気に固形フードまで平らげてしまう有様だ。便はまだ柔らかいが、その他の点においては完全復活だ。腹が減ったとか喉が渇いたとかオシッコしたいとか、私たちに訴える声の違いで何を要求しているのかはっきり判るようになってきた。
 今日病院で血液検査をしてもらったところ全て正常値に近づいていた。手術なんてまっぴらだ。
 念のためにあと一週間薬を飲むが、もう大丈夫だろう。
 子供たちが満腹になって眠っている時には私たちの生活空間に加わりたくて、しょっちゅう産室から出せと要求する。結構長く出かけているので、『Marieちゃん、赤ちゃんは大丈夫?』と問いかけると、はっと思い出したのか産室の方へ戻って行く。乳は余るほどに出ていて、もう誰も哺乳の人工乳を飲んでくれない。
 体重も日に50gとか80gとか増えていて、しっかりしたと言うよりも、もう何時でも1人で歩き出しそうな感じだ。
 生まれた順では5番、6番のトリコ2頭が食欲もあり大きいがそれほど大差はない。
 全体に皆丸くなったようで、もう眼が開いても不思議ではない。
 それぞれの特徴が現われはじめている。牡2頭はどちらも白・黒で、大小の違いはあるがどちらもハンサムだ。牝はトリコと白・黒が2頭づつでそれぞれに特徴があるが皆可愛い。牡牝問わず黒の部分が多いほど毛質が柔らかく艶が良いように見える。
しっかり栄養のあるものを食べているのでMarieまでツルツルになってきた。

              
2003年 4月17日  すっかり元気を取戻したマリーは食欲も凄いものがある。
 いつもの倍のフードを1日3回ないし4回ペロッと平らげるのだ。
 食欲旺盛な六つ仔を母乳だけで育てるには、きっとこのぐらいの栄養が必要なんだろう。
 1日4回のミルクの授乳でも母乳には勝てない。
 私の出番は3日間だけだったが、今振り返ると不思議に充実した時間だったように思う。

 1人ずつ順番に片手で抱き上げ、哺乳瓶を近づける。
 ミルクの飲み方にも個性がでてくるので、丁寧に観察するのにはちょうどいいチャンスになった。
 ミルク大好きなのは「ひょうたん」、グイグイ飲んで中々離してくれない。たちまち一番大きい「トリちゃん」と肩を並べるほどになった。
 男の子組はあまり好みの味じゃないらしく、器用に舌で押し出してくる。
 「アシュ」「シュリ」「トリちゃん」は『あまり美味しくないけど、とりあえず飲んでみようかな』的な飲み方だった。
 「ひょうたん」のお陰で、20年振りのミルク作りも結構燃えたのだ。
 時間に追われた作業だったが、それは私の中の母性を今さらながらしっかり確認する機会になった。
 マリーとパピーたちが母性のカケラをくれたのだ。
 不思議に充実した時間は、そんな幸せ感からきているのかもしれない。

  

2003年4月20日  誕生から2週間が経った。
 毎朝、「今日はどのぐらい開いたかな・・」とワクワクしながら対面する日が続いている。
 3日ぐらい前からうっすらと開いてきて、毎日少しずつだがしっかりとした目元になってきている。
 今日は瞬きをしているのが確認できた。
 目の色もグレーから澄んだ綺麗な黒に変わってきている。
 少しは見えているようで、抱き上げるとジーッとこちらを見てくれるので中々返せないでいる私にマリーの視線が熱く 「返して〜」と訴えてくる。
 今もパピーたちの日常は、おっぱいを飲んでいるか、眠っているかのいずれかだ。
 しかし、生活のリズムは確実にできあがってきていてしっかり飲んでたっぷり眠るようになってきた。
 おっぱいの吸い方も力強く、以前よりも短時間で満腹になり、たちまち思い思いの場所に転がっていくのである。
 また寝方も面白い。
 大人の犬も寝ている時は夢を見ているかのようにあちこちをピクピク動かす動作はよく見られるが、パピーたちはそんなもんじゃない。
 最初は痙攣でもしているのかとビックリしたほど、絶えずどこかが動いているのだ、それもかなり大胆に。
 両手両足は勿論のこと耳・顔、しいては身体全体が波打つようにエネルギーを発散しているかのようだ。
 マリーは子供たちが眠ったのを確認してから産室をでて、ほっこりしたかのように四肢を伸ばして寛いでいる。
 大きくなってきた子供たちのことを考えると、そろそろパピー用の高床式のケージに変えないといけない時期が近づいてきたようだ。

 4.18Eddy  4.18Astell

2003年4月21日  2週間経ってそれぞれの個性というものも少しは見えてきた。
 牡2頭のうち今では少し小さい方の『クロ』は他の誰よりも動き回り、足腰が一番しっかりしているようだ。
 シロとクロとはあくまでも今の段階での鼻の黒さの違いでしかない。
 次は黒い方のトリコ『アシュ』、トリコ2頭はいずれも最後に産まれた牝で、産まれた時は小さく少し不安だったがどちらも食摂りが良く、今では大きい方からの上位になっている。トリコ牝2頭が以前の写真ではいつも真ん中の位置を占めていたことは写真でも確認できる。
 いつも少し離れて、悠々としているのが牝の『シュリ』、シュリとは手裏剣の略だ。肩に横一文字の白と首から背中に縦一文字の白とが見事に交叉していて、背中は全体に黒いマントを羽織ったようなので、まるで十字架を背負ったように見える。生まれながらに十字架を背負うと言うのは少し運命的過ぎるので、忍者の使う十字手裏剣になぞらえて『シュリ』と呼ぶようになった。この仔が一番顔が小さいので、おそらくスマートな顔だちになるだろうと思う。
 一番おとなしいのは『ひょうたん』だ。この仔が一番長く抱かれてついつい腕の中で眠ってしまう。そろそろ女の子らしい名前を考えてやらねばと思っている。とにかく物静かな仔だ。
 写真は一番活発に動いている小さい方の牡『クロ』だ。良く動くので捕まえやすく写真がよく撮れる。

                4.21Eddy
2003年4月23日  昨日Marieの経過診察と仔犬たちの断尾跡縫合の抜糸を受けた。
 Marieは血液検査の必要もないくらいの回復で、もう通院の必要もなくなった。食餌も通常時の3倍以上食べている。
 仔犬たちも全員元気だが『シュリ』が他の仔たちに較べて少し小さいので、授乳時にどの乳首に吸い付いているか注意しなければならない。離乳を開始してもこの子には気を遣うことになるだろう。
 もうかなり動き回るようになり、ケージが窮屈になったので引越しをした。と言っても場所は同じで900×900の高床式のケージに変わっただけだが、約3分の2にじゅうたんを敷き、残りは細い金網のスノコのままである。この部分で子犬たちが排泄して呉れればラッキーと言うところだ。Marieは忙しく排泄物の処理に回っているが、その時が全員ほとんど同時なので完璧には行かない。綺麗に掃除をし、身体を拭いてやっても2〜3日経つと玄関に仔犬特有の甘酸っぱい排泄物の匂いが立ち込める。マリーママはこの匂いが好きだと言うが、子育ての経験がないとやはり異臭だと思うだろう。
 たまたま私が見ていた時に『ひょうたん』がスノコの部分まで出てきて上手に排泄をした。何かにつけ良く出来た子なのだろうか。
 マリーママが少しへばってきた。一段落したので疲れが一度に出てしまったのだろう。私も連日の添い寝と雨に打たれての山菜ハンティングで消耗している。しかしこれから先、まだひと山もふた山もあるのだ。

 譲渡先は残すところあと1件だ。雌雄に関係なくという先が1件あるため、どちらでも対応できるのは有り難い。
 申し込みに対してこちらが対応してもそれきり連絡がないものや、何処の誰なのか明かさないもの、軽い気持ちでただ申し込んだだけのものなど、こちらが決心できないものが結構多い。

 写真は左上から右へ、@新しいケージ、A手前は一人だけでMarie乳に吸い付いている『シュリ』、背中越しに覗いているのが『シロかクロ』、B一番手前が白い方のトリコ『トリちゃん』、C目をつむるとどこが顔なのか判らない『ひょうたん』、D黒い方のトリコ『アシュ』、E犬中犬『ひょうたん』、白地の中に黒いスコッチ・テリアが見える。今日から『ひょうたん』改め『スコッチちゃん』だ。

  

  
  
2003年4月25日  昨日辺りからパピーたちの足取りがしっかりとしてきた。
 人間で言えば『つたい歩き』から両手でバランスをとりながらの『よちよち歩き』に移行してきた時期と似ている。
 いよいよ目もパッチリと開いて益々愛らしく、もう可愛くて可愛くてどうしようもない。
 一度見たら最後、なかなか傍を離れられない事態に陥ってきた。
 今回産まれた子供たちの成長は皆“どんぐりの背比べ”だ。
 母であるマリーの兄弟も同じ6匹だったが、歩きだしたのもケージを脱走したのもマリーが最初だった。
 その後に5匹が続くかたちとなり、いわばマリーの行動は私たちへの合図でもあったのだ。
 今思えば随分おませな仔だったといえる。
 今度の仔はみんな成長が早い。
 毛色こそ受け継がなかったものの、パピーたちはみんなおませな母親に似たんだろうか?
 だとしたら、嬉しいと思う私はやはり親ばかだな。
 目下のところ、ケージ脱走後の手立てを考えないといけないと思っている。
 多分一斉行動にでるだろう。
 今日の様子では、そう遠くはなさそうだ。
 
 一昨日、初めて犬らしい「ウァン!」という鳴き声を聞いて、思わず返事をしてしまった。
 どの仔が発したのかは分からないが、それから毎日ように聞いている。
 また、先に満腹になった仔がオッパイを飲んでいる仔の耳を齧ったり、顔に齧り付いたりという動作も見られた。
 またマリーが傍にいない時は、お互いを見つけてじゃれ合うような余裕も見せてくれるようになった。
 体温だけで探っていたオッパイと違い、しっかりと自分の足で歩き、噛んだり覆いかぶさったりしながら母親とは違う存在を意識してきた証拠だと言えるだろう。
 兄弟が多い分、何処に辿り着いても転がっても誰かに当たる。
 ひとりでポツンとしている仔は誰もいない。
 6匹だと聞かされた当初は正直戸惑いもあったが、今はマリーに感謝している。
 ブルトンで4匹はやはり淋しすぎる。
 これからいっぱい遊んで喧嘩していくなかで、身をもって遊びの楽しさや喧嘩の限度を学んでいくのだろう。
 
 ケージを高床式に変えてから、三分の一程のおしっこ&うんちスペースにみんな見事にしてくれている。
 もう既に、自分の力で排泄できるのだ。
 最初からこんなに成功するとは思っていなかったので、ほんとに驚いている。
 なんていい仔たちなんだ!
 こうなったら親ばかでも孫ばかでもいい。
 ただ面白いのは、ケージの下に落ちたモノを残念そうに見ているマリーの様子だ。
 「もうみんな自分で出来るようになってきたんだよ、マリー」 

 写真左は「あくび」をしている白い方の牝トリコ『トリちゃん』、右は上手にオシッコをしたところの牡『クロちゃん』。
 明日からは1頭づつお立ち台に乗せて写真撮影をする予定だ。

  4.25Eddy

 
2003年4月26日  今回の蕃殖では今のところ外見は父方の特徴が強く出ている。白・オレンジが1頭も出なかったのには驚いたが、母方Marieの系統にも白・黒の子はいるので不思議でもない。父方の特徴を強く引き出すのが良い台牝の条件でもある。
 日本に入っているブルトンは多くはないから、代表的な血統の特徴は並べて見れば実に良く分かる。
 Mickyの先祖犬であるTR.ドリックの系統は頭骨の幅が広くがっしりした感じに見えるし、サンリュバンのイザール系統はやや小柄で頭が小さくスマートなのが多いようだ。それらに較べるとルスティックは全てに中庸だ。
 
 蕃殖時のよりどころとすることに血統書の意義がある。○○○チャンピオンの系統だと言っても、それがどれほどの権威によるものなのかも知らずに所有している人がほとんどだ。まして他系統と自犬の系統との違いなど知る由もないだろう。
 先祖犬の事跡を自慢したり、仔犬を高く売ろうとするためでなく、自分の求める犬に出会うためにこそ血統書は重要なのだ。
 
 サンチュガン犬舎には白・黒、トリコロールが多いが、フランス・ブルトンの代表的な名犬として真っ先に名の上がる父方の先祖犬トリコロールのSka de Saint Tugen『スカ・ド・サンチュガン』は姿芸両全の犬として六冠に輝いており、現在もSkaの系統が主流だからだ。
 
 日本で良く知られているフランス・ブルトンの犬舎としてはサンチュガン、サンリュバン、ケランルアン、スゥ・レ・ヴィヴィエール、コルニュアーユ、アモー・ドゥ・ソルニー、ピジネッツ、ロカンコートなどだが、ケランルアンがトライアルに強いのに対し、サンチュガンは品評会に強いのが特徴だろう。
 つまりケランルアンにはCh.T、Ch.ITのタイトル犬が多く、サンチュガンにはCh.IB(Champion International de Beauté=シャンピオン・インターナチョナル・ド・ボーテ)、Ch.CSが多いのだ。
 
 ただ、猟犬の世界は他の犬種と違って『優れた猟能は優れた肉体に宿る=姿芸両全』が求められる。
 インターナショナル・ビューティ・チャンピオンであるCh.IBにしても、確か2つの国で1年以上の期間を置いてシャンピオン・ド・ボーテに輝き、かつ、トライアル・レースで優秀と評価されるか、3位以内入賞の実績がないと許されない称号である。ショー系、トライアル系と分けられる訳ではないのだ。
 果たしてどの子が美しいブルトンになるのか予期することはできないが、全てに可能性はあるのだ。

 写真は左から右へ上から順に@♀スコッチ、A♂クロ、B♂シロ、C♀シュリ、D♀アシュ、E♀トリだ。

 4.26Bell 4.26Eddy
  4.26Maple
 
2003年4月27日   この数日で、自分たちの居住区とトイレとの違いは、ほぼみんな完璧に理解してきた。
  とにかくその成長振りには目を見張るものがある。
  大袈裟ではなく、朝と夜でもう顔が違っている。
  上手く言えないが、目・口・耳全てが刻々と育っているのだ。
  目は動くものをしっかり追っている。やはり母マリーの姿は特別らしい。
  抱き上げた時のあくびで気付いたのだが、可愛い歯も生えてきている。
  そろそろ離乳時に活躍しそうだ。
  マリーが痛がる前に離乳を開始しなければいけない。
  マリーパパの手があるこの連休がちょうどよさそうだ。
  耳が少し長くなってきた。
  手を叩くと時折視線を向けてくれる。
  どうやら音も聞えるらしい。
 
  この週末も素晴しいオーナーさんとの出会いがあった。
  この仔たちの一生を決める大役もそろそろ終盤になってきた。
  安堵と淋しさが入り混じったこの頃である。

             
  
2003年4月29日  いよいよ離乳食のスタートだ。
 4年前の記憶を辿りながら、念のためもう一度本に目を通し機会を伺う。
 午前中はマリーのオッパイを吸うことが多く、離乳のタイミングがなかなかこなかった。
 とりあえず初日は夕方の1回から始めることにする。
 先ず、サイエンス・ダイエットのグロースをお湯でふやかしてお粥状にしてから、離乳用のミルクをふり入れ練りこむ。
 このお粥状態になるまで、かなりのお湯が必要で時間も掛かるのだ。
 すぐにと言うわけにはいかないので、前もって作っておかないといけない。
 匂いを嗅ぎつけたマリーは自分のだと思ったらしく、“待て”をしている。
 マリーも今は同じフードを食べているので無理もない。
 横取りされそうなので、マリーも同時に夕食にすることにした。
 最初なのであまり沢山の量は食べないだろうと、小さいパピー用の食器3個に分けてあげることにした。
 いつもの様にダンゴ状態になって寝ていたのだが、ふたりずつ食器の中のフードに鼻をつけてやると一斉に食べだした。
 どうやら初めての味は、みんな気に入ってくれたようだ。
 食べ方も個性があって面白い。
 いつの間にか独り占めする仔、3匹いや4匹だろうか小さいお皿に群がって押合いしながらも力強く食べるグループ。 どうやら今回は、スプーンで口に押し込まないと食べてくれないような仔はいない模様。
 ひと安心だ。
 いろんなお皿をまわって、パピーたちが一通り食べた後はマリーの出番だ。
 待ってました!とばかりにお皿もパピーたちも綺麗に舐めてくれた。
 満腹になった今はまたダンゴになって爆睡中だ。
 その間、マリーはマリーパパと久し振りに買物を兼ねたドライブに出かけた。
 パピーたちの初めてのお留守番は、きっと夢の中だったに違いない。
 これから1ヶ月かけて、母も仔も自然とお互いの距離を認識していくのだろう。


 写真は左上から右へ上から順に@スコッチ改めベルトリアシュ、背中とお尻だけがシュリ、Aシロ、Bクロ改めエディアシュベル、Cエディ、Dアシュシュリだ。お天気が良ければ明日から屋外で撮影の予定だ

  
  4.29Eddy
                  


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