フランスの北西部に位置するブルターニュ地方は16世紀にフランスに併合されました。
 従って、このブルターニュ地方原産のブルトンがフランスの犬であることに間違いはあり
ません。

 しかしÉpagneul Breton(エパニュール・ブルトン)のBretonも、Brittany Spaniel(ブリタニー
スパニエル)のBrittanyも語源はともに今のイギリス本土のブリテン島が「ブリタニア」と呼
ばれていたことに由来していて、直訳すればどちらも「ブリタニア の」または「ブリタニア人」
と言った意味になり、何かフランスらしくなくて釈然としないものを感じます。

  因みに、ブリタニアなど地名・国名に「イア」を付けるのはギリシァ・ローマ風の名付け方
であり、イタリア、オーストリア、イスパニア、ルーマニア、ブルガリアなど欧州中南部からト
ルキア(トルコ)、フェニキア、リビア、アルジェリア、チュニジアなど地中海全域に見られま
す。

  また、現イングランドは「アングロ・サクソン」のアングロ(アングル)と「ランド」との合成
であり、スコットランド、ホーランド(ネーデルランド?)、ドイチェランド、ポーランド、フィンラ
ンドなど、「ランド」を付けるのはゲルマン人の名付け方です。

  アイルランドはゲルマン語では「西の島」と言う意味のようですが、ゲルマン民族ではな
いアイルランド人は今でも他民族に付けられた国名を嫌い、自国を「エール」と呼ぶ人もい
るようです。

  歴史上、現在も過去にも「イギリス」と言う名の国は存在しませんが、ここでは敢えてア
ングロ・サクソン人の国と言う意味で使うことにします。

 いきなり筋書が横にそれましたが、西欧諸国の多くは日本のような単一民族国家ではな
く、多様な民族・部族の集合体であると言えます。
 とりわけフランス・ブルターニュには「ケルト人」が多く、他のフランス人が主にラテン系民
族であるのに対し特異な存在となっています。

 この「ケルト人」は元来ヨーロッパ東方、ドナウ川上流あたりを中心とした地域に住んで
いたと言われ、優秀な民族で、欧州で最も早く鉄器を用いたとされています。紀元前から、
一時は西ヨーロッパ、中央ヨーロッパから地中海まで、ローマをも占領したほどの力もあり
繁栄しましたが、部族単位で行動することが多く、確固とした国家をつくりませんでした。
 その後シーザーのガリア進攻を受け、欧州「大陸のケルト」人は衰退して行くのです。

 4世紀、アジア系民族であるフン族の西進に端を発した「ゲルマン民族の大移動」によっ
てケルト人は西へ圧迫され、ドーバー海峡を渡り現在のイギリスに定着しました。当時既
にこの地方はローマ帝国の支配下にあり「ブリタニア」と呼ばれていて、以前からケルト人
はこのブリタニア諸島(現ブリテン諸島)・アイルランド島に住みついていましたが、これを
契機に全域に拡がって行き、「島のケルト」として繁栄したのです。

 その後、ゲルマン民族の一派であるサクソン人やスコット人たちが欧州大陸から渡って
来ました。
  長い間民族間の抗争が続き、ケルト人は現ウェールズとスコットランド、アイルランド島
へ押しやられ、20世紀に至るまで800年間の長きにわたりサクソン人を主としたイギリス
の支配を受けたのです。

  1921年に自治領として独立し、その後アイルランド共和国誕生によりケルト人は初め
てとも言える国らしい国を持ちましたが、まだ100年も経っていない新しいことなのです。
  1999年になって漸く、現在でもイギリス領である北アイルランド6州(アルスター地方)に
地方政権が認められ、「アイルランド紛争」は一応の解決を見ました。

 これよりかなり前、アイルランド島を中心として大飢饉が起こり、ケルト人はその数を3分
の1近くにまで減らしています。イギリスの圧政と飢餓に耐えきれず、人々は新天地を求め
アメリカ大陸へ移住しましたが、一部はフランス西北部「アルモリカ」に開拓・移住し、この
地を「小ブルターニュ」、本国を「大ブルターニュ」=「グレート・ブリテン」と呼んだのです。

 このフランスのブルターニュ(Bretagne)が地名としての「ブリタニア」を現在も残していて、
この地方原産のスパニエルがÉpagneul Breton(英名 Brittany Spaniel)と呼ばれる由縁
なのです。

 アイルランド(ケルト)人はこのような歴史から(イギリス人に対して?)反骨心が旺盛です。
  先のサッカー・ワールドカップで解説者が「アイルランド魂」とか言って叫んでいましたが、
軽々しく口にできるほど事態は容易ではなく、長年にわたる民族間の抗争、カトリックとプ
ロテスタントとの根強い対立も関係している複雑かつ深刻な問題なのです。

 辛抱強いアイルランド人はアメリカで成功者を多く出しました。Mc.Mac.の付いた名前、
マクドナルド、マッキントッシュ、マコーミック、マクダネル、マッカーサーなど、またOの付い
たオーウェン、オブライアン、オニール、オハラなどの多くはアイルランド系の名前です。

  J.F.Kもアイルランド移民の子孫で、いかにアメリカが自由な社会とは言え、イギリス人・
プロテスタントの社会でアイルランド系・カトリックのJ.F.Kが大統領になったことは、当時
の常識では考えられない画期的な出来事だったのです。
 もし彼がアイルランド系・カトリックでなかったら、あのダラスの不幸なテロは起こらなか
ったのかも知れません。

 フランス・ブルターニュのケルト人は16世紀のフランスによるブルターニュ併合によりフラ
ンス人となりましたが、アイルランドやウェールズとの交流はその後も活発に続き、第二次
世界大戦頃まではゲール語(アイルランド語)に近いブルトン語が話されていました。

 遡って14世紀から15世紀にかけ、フランスとイギリスは120年近くも断続的に戦争をして
います。
 ほとんどはイギリス軍が一方的にフランス領内に攻込む形の戦争で、イギリス軍は連勝を
続け、フランス各地で殺戮と略奪の限りを尽くしたのです。
 フランスは蹂躪され打ち拉がれました。

 戦争の後半にジャンヌ・ダルクが出現しフランスの反撃が始まりました。
 彼女はカトリック教会により異端者の烙印を押され処刑されるのですが、フランス人を目
覚めさせイギリス軍撃退の礎となったのです。

 この百年戦争の時の遺恨をフランス人は未だに捨て切れないでいるのでしょうか。
 その後も両国はしばしば反目し、戦火を交えています。

  第一次世界大戦以降はアメリカやイギリスと共同歩調をとってはいますが、事ある毎に
独自性を顕わにしています。アフリカを中心としたフランス語圏、オリンピックの公式語にこ
だわったり、核兵器、ミラージュ戦闘機、T.G.Vなど他国(特にアングロ・サクソン)の力を借
りずに全て自前で開発するのをモットーにしているようで、植民地競争をはじめ、アメリカの
独立戦争では13州側に、日本でもイギリスが幕末に薩摩藩などを後押ししたのとは反対に
徳川幕府の側についたり、悉くイギリスとは相反する立場に立っています。

  狩猟の世界でも同様で、フランスは狩猟先進国のイギリスを意識して独自性を求めまし
た。
  日本で製作・販売されている猟具にしても同一メーカーがイギリス式、フランス式の2種
類を出しているような状態で、一歩も退かないしたたかさが感じられます。

 問題は猟犬でした。イギリスの方がはるかに進んでいたようです。
 自国内で外敵と大きな戦争をしたことのないイギリスに較べ、多くの国と国境を接し紛争
が絶えず、革命、ナポレオンの台頭による政変などによって、フランスの狩猟文化は疲弊
していたのかも知れません。:現在のブルトンの原型と言えるスパニエル種はほとんど絶滅
していたと言われています。

 イギリスの鳥猟犬に負けない犬=ブルターニュのケルト人が飼っているスパニエルが注
目を浴び、復元・改良が図られました。ケルト人とフランス人とはともに「対イギリス」に執念
を燃やした事でしょう。
 彼らの血の滲むような努力は結実し、ここに世界最小にして最高品質のポインティング・
ドッグ“ Épagneul Breton”が種として確立されたのです。

  改良にはイギリスの鳥猟犬も利用されたことと思われます。日本で「スモウ系」と呼ばれ
るセターの系統を用いて品質の改良が図られたのが事実のようなのですが、フランス人は
これを認めたくないのでしょうか、アイリツシュ・セターを使って品質の改良が図られたとまで
主張する文献も見た記憶があります。
 そう言えば、レッド・アンド・ホワイト・アイリッシュ・セターを小さくして尾を切ればブルトン
に見えなくもないですが、果たして真実のほどは分かりません。

 白黒のブルトンが生まれると仔犬は排斥され淘汰されました。

 イギリスの鳥猟犬には白黒のものが多く、その影響を受けているように見えるからなの
でしょうか、毛色に限らず部位についても大した理由もなく耳の位置、鼻の色など形状や
皮膚の色にイギリス犬と共通した特長を持つものを不可としました。

 ブルトンはまだ新しい犬種なので、生まれてくる仔には当然白黒も出現します。
 言われてみれば、アイリッシュ・セターはマホガニーか赤白で、ウェールズのウェルシュ・
スプリンガー・スパニエルやウェルシュ・コーギーにも白黒はいないようですが、皮肉にも
ブルターニュのケルト人は白黒モノトーンの服装を好むのです。

 実は白黒のブルトンがフランスで認められるようになったのはまだ最近のことなのです。

 アメリカに渡ったブルトンはその性能の良さ、従順さ、扱いの良さから大人気を博し、今や
アメリカの鳥猟犬は40%がブルトンだと言われています。そしてアメリカ人にとって白黒の
ブルトンには何の偏見・確執もありません。フランスに較べて長年黒の毛色を含むブルトン
が認められない時代がありましたが、2002年漸くUKCで白・オレンジを主とした個体群と
黒を含む個体群との二つのパートが認められるまでに、どんどんその数を増やして行きま
した。
 そもそもフランスでも白黒を認めない表だった理由など有るはずもなく、アメリカに何十年
も先駆けて、黒一色を除いては全色認められるようになったのです。


    ブルトンは「ケルト」に生を受け、「フランス」で育まれ、「アメリカ」によって
        世界的に認知されることとなった犬種であると言えるでしょう。

                 Un maximum de qualités dans un volume minimum.

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Épagneul Breton-Vol.2

 エパニュール・ブルトンはフランスの犬?!!
        白・黒のブルトンが少ないことの本当の理由