平成6年3月にミッキーが当犬舎に来てから数年間は

ケイと共猟する機会があった訳であるが、

実際には猟期も年に3ヶ月間と限られ、

発情、出産、育児などの期間があって、

2胎目の出産で現役を引退した彼女の猟歴はさほど長くはない。


最初の頃は車酔いに悩まされた。

一般道では問題なかったが、

山道走行の揺れと振動は半端ではなく、

途中で河原に降り、ケージを洗わねばならないこともあった。


山には行きたいが悪路で車が揺れるのは嫌らしく、

猟場から猟場への移動や帰路の時

なかなかケージに乗り込まず、手をやかせたことがしばしばあった。


車に乗せようとすると少し山に逃げて抵抗し、

軟らかそうな所を前足で掘り出した。

見ていると半球に掘った穴にうずくまり、

見つからないようにと身を隠していた。

しかし自分では隠れているつもりが頭と背中が丸見えで、

隠れんぼをしているようで何とも滑稽であった。


わざと無視して車を出し、バックミラーを見ていると

道へ出て追いかけて来た。

何度も同じ事の繰り返しになるので、

仕方なしに彼女を抱きかかえてケージに放り込んだ。

これが悪癖となって、時々甘えたい時には

なかなか自分からは車に乗ろうとしないことが今でもあり、

彼女の特権となっている。


犬が主人のためにその持てる猟能を発揮する様を猟芸と言う。

人間が歌ったり踊ったりするのと同じで、

それぞれに個性と上手、下手があるが、

あくまで鳥猟という舞台で、

観客である主人から見た目がどうかということである。

絶対的な能力の差ではなく、

どうすれば鳥が獲れて、

主人が喜んでくれるかを知っている犬が

猟芸に優れているということなのである。


まず捜索レンジだが、

これは主人を中心として前方と左右に、どの程度の範囲まで動き回るかである。

主人と離れ過ぎても良くないし、

反対に離れてくれないと猟にはならない。


彼はレンジが広く、彼女は狭い方である。

従って両方同時に使役すると、

私はどちらに付けば良いのかということになり、

共猟は難しかったのである。

どちらか一方を車に残して離れると、

いつまでも悲しそうな声で鳴くので、これもまた辛いものであった。


レンジが広ければ鳥との遭遇の機会は増えるが、

主人に余程の体力と猟欲がないと射程外、早翔ちなども必然的に増える。

ドラエモンのタケコプターでもない限り、犬に付いて行くのは不可能なのである。


レンジが狭ければ確実性は向上するが、

一日中歩いても一羽にも遭遇できないということにもなる。


どちらが良いという訳ではなく、

主人の運動能力と対象とするゲームによって選択すべきものなのである。


主人の指示と猟場の状況に合わせて柔軟なレンジを維持できる犬であれば、

猟果は多大なものとなり、

名犬の名を欲しいままにするであろう。


狭いレンジの犬はいわゆるキジっ原でのキジやコジュケイ猟、

広いレンジの犬はヤマドリ猟に向いていると言える。

つまり主人の目で猟場の全貌と犬とが見えるような平場では狭い犬、

地形が複雑で遮蔽物などの多い山中では

主人の目の代わりになる広い犬が便利なのである。


次にポイントである。

ブルトンはセターなどに較べてポイントが短いと言われている。

ほとんどのスパニエル種はポイント能を持たないフラッシュ犬であるので、

ブルトンのポイントが短めなのは当然のことと言える。


主人がゲームに近づき射撃体勢ができるまでの間、

ポイントを継続してくれるのが望ましいのだが、

ポイントの長さもほどほどが良いのである。

長いと言うより何度号令を掛けても突っ込まない犬、

極端な例で言えば、尻を蹴っても動かないというのも困る。


またヤマドリ猟などで主人から見えない所でポイントしている場合では、

或る程度の時間でフラッシュさせて戻って来てくれないと、

次の場所へ移動できず極めて非効率となる。


回収については鼻、耳の良さ、

必ず自分で掴まえて主人に渡すと言う意思の強さが大切である。


彼と彼女はある意味でこれらの猟芸が極端に相違していた。

彼女も並の犬以上の能力を持ち、

特にキジ猟においては何度も大物を仕留めている。

しかしこれらの猟芸の差が大きいので、

私が2頭を連れて出猟することは少なかったのである。


この2頭の猟芸の違いが未だ分からなかった平成6年12月、

K市H地区へ2頭を連れて出猟した。

この年の猟期では始めての猟場であった。

かなり広大な荒地であったが、車の乗り入れが難しく、

すぐ近くに良いキジ猟場があったので身過ごされることが多く、

言わば隠れた穴場になっていた。

農家の軽四トラックさえ通らないので雑草に覆い隠され、

ここに進入路があるのは一見しただけでは分からない状態になっていた。


表の道からは見えない場所まで入り込み、

かろうじて転回できそうな少し開けた所に停車した。

ちょうど夜明け時で、

晴天を約束するような朝靄が立ち込め、朝日に煙っていた。

外からは分からないが中に入ると、意外と視界は確保されていた。

萱中心の植生であり、南北に長く伸びた地形で、

左右から数十メートルの低い山に挟まれた谷津田の跡地であった。

東側の山には迫が幾つか刻まれていて、

水の滲みだしている部分もあり、

キジなどの棲息には条件が整っていた。


彼と彼女両方を車から降ろして進み、最初の迫近くに達した時、

彼の様子が変わり認定のような動作に入った。

辺りは2m以上もある太い萱の株が幾つも集中していて、

キジがいかにも好みそうな植生だった。

風はほとんどなく、萱の擦れる音もしなかった。

キジが居るのだろうと思い、

私は射撃の準備をして彼のポイントを待ったのだが、

何に逡巡していたのか、

彼がまだ落ち着きなく、

鼻先を宙に突き出して行ったり来たりを繰返していたので、

「キジじゃないのか?コジュケイかなっ?!!」と一瞬思った。

コジュケイは群棲していることが多いのだが、

或る程度散らばっていることが多く目標を絞りづらいので、

ポイントまでに時間のかかる場合があるのである。

私はコジュケイを撃つことは少ない。

四方八方へ一斉に翔び立ち、

それもかなり低く翔ぶので的が絞りにくく、

水平撃ちになるので危険度が高いのである。

鳩くらいの大きさなので肉量も少なく、

キジ用の弾では殺傷力が大きいので、歩留まりも小さくなる。


暫くして、彼が急に萱の株を幾つか取巻くように走り出した。

凄いスピードで直径10mくらいの円を描き、グルグルと回った。

一周半か二周に一度、急にパタッと止まり、

円弧の中心に向かって静止した。

これはコジュケイのポイント時などに見せる独特のポイント姿勢で、

ラウンド・ポイントまたは単にラウンドと言う。

やがて彼はラウンドをやめて、

円の中心あたりに向かって静止したままポイントに入った。

彼女は彼の行動を近くで見ていたが、

彼が静止すると自分の目の前の株に向かって同じようにポイント姿勢を示した。

私は彼女にとって貴重な経験になると思い、

「ミッキー、良し!!」と叫んで突入を促した。

しかし彼女はどうして良いかが分からず動かないので、

私は彼女の横まで進み、声をかけるのと同時に一二歩前へ進んだ。

連られた彼女が目前の萱に飛び込んだのと同時に3羽のキジが翔び立った。

迫から射してくる逆光に朝靄が反射して見づらく、

やっとのことで一番北へ翔んだ一羽を雄であると確認し撃った。

朝靄の中に硝煙がたち込め視界が一瞬真っ白になり途切れたが、

硝煙の中からその後姿を現したキジは放物線を描きながら落ちていった。

彼女が彼の横を通ってその方向へ走り出したので、

私も回収を確認しようと彼女の後を追った。

彼女はすぐに草叢からキジを探し出し、

咥えたり離したりして、その感触を味わいながら私の近くまで戻って来た。

私は彼女からキジを受け取ろうとしたが、

彼女は固く口を閉じたまま離そうとはしなかった。

彼女自身には初めてのゲームであり、余程興奮していたのであろう。

やっとのことでキジを取り上げて見てみると、まだ幼い雄だった。

尾羽根のつけ根にストローのような半透明の筒が残り、

尾羽根がまだ伸びきってはいなかった。

おそらくこの年の二番子だったのだろう。

逆光で見づらかったとは言え、

成長しきっていない鳥を撃ったことに罪悪感を覚えたが、

彼女の初ゲームであり、複雑な心境であった。


この間、彼はまだポイントを解いていなかった。

まだキジが萱原の中に残っているのは分かっていたが、

私はもう撃つ気のないまま彼を突入させた。

彼は二度飛び込み3羽のキジを生産した。

私はキジの群鳥を捌いた彼を誉め、抱きしめてやったが、

彼も自分のゲームが欲しかっただろうと思い直した。


彼女を車に残し、彼だけを連れて更に奥へ進んだ。

東側の山が途切れたあたりで、彼が確固としたポイントを示した。

鋭く突っ込まれたキジは余程驚いたのか、

「ケケッ! ケケッ! ケケッ!」と脱糞しながら赤い顔をこちらへ向け、

半円を描くように翔んだ。

私側から見れば滞空時間の長い飛翔になったので、

慌てることなく一発で雑巾のように落とした。

余程嬉しかったのであろうか、

キジに駆け寄った彼は、アメリカ・インディアンの戦いの踊りのようにキジを咥えて

高々と持ち上げたまま、大きな円を描いて走り回った。

満足したのか、彼は随分と愉しんだ後私の足元へキジを置いたが、

さきほどの群鳥の親と思える立派なヒネキジであった。


犬の猟芸は本来的な資質が大部分であると私は思う。

共猟しても後輩犬が先輩犬の猟芸を学ぶようなことはなく、

訓練による成果の方が大きいと考える。


それにしてもこの日、

何故彼は最初のキジを彼女に譲ったのか。

彼の方が近くにいて、もともと彼が発見したゲームである。

犬の世界にもレディ・ファーストがあるのだろうか。

彼は彼女に学習する機会を与えるつもりだったのだろうか。

この時期まだ彼らは人間でいうところの夫婦にはなっていない。

彼のことは全て理解しているつもりであったが、

互いの間に第三者が関係してくると、

そこまでの心理は私にも分からない。


千年、万年という単位で、

犬は人間の一番近くで生活してきた動物ではあるが、

狩猟という特殊な状況の中でのこの種の疑問、真実は、

未だに解明されていないのである。


=つづく=


Un maximum de qualités dans un volume minimum.

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Épagneul Breton 回想録-6
芸風の違い ケイとミッキーの共猟

回 想 録

ブリタニー・スパニエルの名犬『ケイ』の想い出