嵐山の渡月橋を渡り天龍寺、大覚寺門前を抜け、

広沢池の南岸を舐めるように進むと一条山越通の交叉点に出る。

ここから162号線、通称周山街道に抜け御経坂峠を越えるともう北山である。


神護寺と高山寺への入り口を左に見て暫く進むと中川郷、

北山磨丸太の老舗が立ち並び、

このあたりが北山杉のメッカと言える所だ。


近年中川トンネルほかが開通し、

この奥、京北町周山から日本海方面へ向けての通行が随分と楽になった。

中川トンネルを抜けると小野郷、雲ヶ畑

更には芹生、貴船・鞍馬方面へと抜ける道が続くが、

このあたりはまだ山丹国境尾根の南側、

山城の国、京都市北区である。


鳥猟ハンターの多くがもっと奥へ行けば良いヤマドリ猟場があると思い、

つい京北町から美山町の福井県境近くまで足を伸ばしてしまうようだが、

むしろそれらの場所ほど狩猟者も多く、

猟場としても魅力に乏しい場合がある。

灯台下暗しと言う言葉があるが、

こんな近くにも未だ知られていない猟場があるのだ。


西山のキジ猟にやや飽いていた平成5年2月の終猟の頃である。

当時はまだまだ不慣れな北山であったが、

ある日思いついたようにこの方面へ出かけてみた。


鄙にしては雅びた地名の集落を通り抜け、とある林道へ入った。

途中、林道から尾根へ向かって小川を越える橋が架けられているのだが、

有効な幅員が2m位しかないので車を降り、

徒歩でこの橋を渡り林道に歩を進めた。

後日は車でこの橋を渡ることが何の問題もなく出来たのだが、

最初は奥の様子さえ分からず、不安だったのである。

深い山中で車が立往生しても誰の助けも得られない。

この頃は今より一回り大きな車を使っていたが、

林道を塞いだ倒木のため1時間も後進を余儀なくされたり、

ほとんど脱輪した状態でUターンしたりで、

真剣に小さい車が欲しいと思ったものだ。


およそフルサイズの4WDは日本の山道では全く役に立たない。

一番良いのは農家の使っている軽四トラックと同じ幅の四駆である。

山ではすべてが軽四トラックに合わせて造ってあると言っても過言ではない。


彼を前へ出しゆっくりと進んだ。

沢道に入ると急坂があり、彼の歩様が早く感じられ、

やや息を切らして付いて行くのがやっとの状態になる。

彼の姿が見えなくなると、

鳥臭を感じて樹林へ入ったのだろうと思い射撃の準備をした。


いつヤマドリが翔びだすか分からない。

発信機も鈴も彼には付けていない。

無駄な動きの少ない彼には全く必要がなかったからである。

彼は私との位置関係を確認するために、

数分間に一度は沢道にその姿を現し連絡を入れていた。

セルハンの強い犬にはこの連絡がなく、狩猟者は孤立してしまうのである。

もし大きく離れていれば、私はその距離を詰めるように少し進めば良く、

彼も数十m位先まで私を迎えるように下って来た。

このように彼と私とはジグザグに谷を攻めることが出来たのである。


この日はもう水脈が切れたあたりまで進んだものの、

ヤマドリが居そうにもなかったので、

私は笛を吹いて彼を呼び戻した。

彼も直ぐに戻るだろうと沢を下りながら、

川中島を下手な節回しで謡い出した。

登りではそんな余裕はないが、あまりにも森々とした静寂の中では

そうでもしないと耐えられないのである。

また熊除けとしての効果もある。


私が謡いはじめて暫くして、

奥の方で二度「ワンッ・ワンッ」という彼の「出し鳴き」が聞えた。

「しまった。そんな上にいたのかっ?!」と咄嗟に振返った時、

私に向かって一点の塊りが襲いかかって来た。

その塊りは私の立っている姿に臆することもなく、

顔面に向かって猛スピードで突っ込んで来たのである。

思わず私はのけぞり足を滑らせて、

不甲斐もなく尻餅を搗くと言うよりもっと不細工な恰好で倒れ込んだ。

その塊りは私の右耳から30cm位を掠めて飛翔して行ったのである。


この時、私は左手薬指の関節を銃と岩との間でしたたかに打ち、

その後1年以上も他の指の倍以上に膨れ上がった関節の腫れは引かず、

使い慣れたお気に入りの真珠の照星を割ってしまった。

しかし何よりも印象に残ったのは私から見たヤマドリの右側面、

風切羽の何枚かと腹から腰にかけてが白っぽく見えたことである。


一般の人は気付かないだろうが、

深い山へ人が入って行くとヤマドリが羽根を打ちつけて音を出すことがある。

「幌打ち」と呼ばれているが、警戒・威嚇の信号である。


林道から谷までは相当な距離があるし、

あの小さな橋を車で渡るのはよほどの覚悟が要るため、

今までハンターや猟犬があまり入ったことのない谷だったのだろうか。


あれはきっと「アルビノ」だと思った。

以前に滋賀県で白いヤマドリが捕獲された記事を見たことがあるが、

アルビノが広大な北山にいたとしても決して不思議ではない。

体質的に弱いらしく、自然界では

その遺伝子が受け継がれることはほとんどないのだろうが、

完全な白ではなくとも極めて珍しいのである。


この時から私の挑戦と言うより復讐が始まった。

北山方面へ行く時は必ず一番にこの谷を攻めるようになった。

小さな橋にも臆することなく、この谷へ近づくため車で越えるようになっていた。


しかしその後二十度以上もこの谷を攻めたものの、

ほとんどが羽音を聞く程度の出会いであり、

このアルビノ・ヤマドリを視認することは滅多になかったのである。

彼の追及をもってしてもいつも奥へ翔びたたれ、

それも羽音が微かに聞こえるほどの遠く離れた場所からの早発ちだった。


平成7年2月に入ったある朝、

この谷周辺の北山には15〜20cmの積雪があった。

洛中の平野部ではそれほどでもないが、

冬の北山あたりでは日本海側の気候の影響が大きいのか、

積雪することがしばしばである。

12月までは西山への出猟が多かったが、

年も新たまり北山へ向かう日々が増えていた。


この積雪があった日はさすがにこの小さな橋を車では渡れず、

私たちは歩いて林道を進んで行った。

まだ夜明け前の時刻であり、いつもならまだ薄暗いのだが、

雪明りで歩行は比較的容易であった。

15分ほどで谷の入口に到達すると、彼を放ち先に行かせた。

急坂の手前でポケットから実包を出してチャンバーに落とし込み、静かに遊底を閉じた。


もういつヤマドリが翔び出しても不思議ではなかった。

積雪の時のヤマドリは普段とは違い雪の吹き込まない倒木の下など

予測のつかない場所に潜んでいることが多いのだ。


だんだんと息が荒くなり、急坂の中ほどで立ち止まり呼吸を整えた。

急坂の上から先は比較的緩やかな傾斜になっていて、

そのため彼のいるあたりは視界から途切れていた。


早く登りきらねばと思い進み出した時、

前方から「ワンッ、ワンッ」と彼の出し鳴きが聞えた。

「しまった!少し遅かったか!」と思ったが、

前方の様子が分からないので射撃姿勢をとって待機した。

銃床は頬が痺れるほど冷たく、風に舞う雪が容赦なく瞼を襲ってきた。


三呼吸ほどもした時、

前方から山の端を掠めるように飛来してくる鳥影が視界に入った。

30mほどの距離でオスであることを確認し初矢を放った。

照星をまともに鳥影に被せて撃ったが、

ヤマドリは少し羽毛を散らしただけで、落ちずに私を通り越し下って行った。


確かにアルビノだった。

白い雪のなかでもはっきりとそれが確認できた。

すかさず追い矢をかけようと、

照星の上に鳥の姿を捉え、引鉄を引いたがなぜか撃発しなかった。

慌ててチャンバーを確認したが、

遊底が開いたまま止まっていて次弾が送り込まれておらず、

弾倉も開放されていたが、実包が装填されていなかったのである。


全くお粗末な話である。

初猟の頃はこんな失敗は考えられないのだが、

慣れてくるとこのようなミスが出てくるのか。

西山の主ヤマドリを撃ち取ったことで、

私は慢心していたのだろうか。

別の形でミスが出れば事故にも繋がりかねない問題でもある。


大きくため息をついて新雪に突き刺さった初矢の空薬莢を拾い、またまた愕然とした。

拾い上げた薬莢には弾種が印刷されていなかったのである。


要約すればこう言うことである。

私はヤマドリ猟には平筒スラッグ銃身を使う。

銃身が短くリブがないため軽く、素早い狙いができる。

移動にも楽で何よりも熊などに出会った時にスラッグ弾が使える。

キジ猟の時などは絞りのある銃身だからスラッグ弾は使えず、

6粒弾や9粒弾を護身用として携行することになる。


装弾メーカーは多くあるが、私はRemington社のものが好みだ。

実際目で見ることはできないが、

散開パターンが均一で弾速の割には反動が優しいと思う。

クレー射撃用や一般の狩猟弾は日本のメーカーがOEMで製造しており、

仕上げが美しく弾種も金色の箔で印刷してあるが、

大粒弾は米国産でありやや雑な仕上げで、

印刷がないものや塗料の剥がれるものが多いようだ。


ただどちらも胴が深緑色、ベースは真鍮色なので見た目はほとんど変わらない。

この日はヤマドリ猟だったのでスラッグ弾を用意したが、

弾帯から抜取った9粒弾が5号弾の中に紛れ込んでいたのである。

やはり弾種によってメーカーは変えるべきだろう。


この時は二つのミスが重なっていたのだ。

第一に私が林道から谷へ入った時、薬室に実包を装填したが、

この弾種が紛れ込んでいた9粒弾であったこと。

私が普段使っている2インチ4分の3のマグナム級5号弾なら少なくとも250粒以上はあるが、

9粒弾はやや小さめのパチンコ玉みたいなのがあくまでも9粒なのである。

第二に次弾・次々弾を弾倉に充填するのを忘れていた事である。

実包装填は手順を決めてやるべきで、

マンネリ化すると疎かになるものだ。


猟場からの帰路、私はいつもケージ内の彼に語りかけていた。

その日の出来事を話しながら車を走らせるのだが、

この日ばかりは終始無言であった。

彼が時々「あーあっ」とため息混じりのあくびをするので、

「ほんまに間抜けなオッサンやな!」

と言われているように聞こえ、なんともバツが悪かった。


今思うと、

この谷へ入った初めての日と、この積雪の日には、

私たちは徒歩で谷まで辿り着いている。

その他の日々は車だったから、

おそらくあのアルビノは車の音で私たちの接近を感じ

早逃げしていたのだと思われる。

そしてこの日は積雪が私たちの足音を吸収して、彼の急迫を可能にし、

あのアルビノを降下させることができたのであろう。


千載一遇の好機とも言える出会いだったのに、

平筒銃身から発射された9粒弾の粗い弾幕は

尾羽根を30cmばかり切り取っただけで、

二の矢、三の矢が装填されていない空弾倉の銃も、

弾はおろか音すら出すこともなく、

楽々と逃避を許してしまったのである。


もしあの時の初矢が5号か6号弾だったら、

迎え矢30mのカウンター・パンチは、

あのアルビノを新雪の上に叩き落していたに違いない。


【 流 星 光 底 逸 長 蛇 】


その後この谷であのアルビノ・ヤマドリには一度も遭遇していない。



主人である狩猟者の心がけ次第で、

犬は名犬にも駄犬にもなる。


彼は私のせいで価値ある勲章を逸し、

この谷に思いを残したまま逝ってしまったが、

私は今なお、あの頃の夢を追い続けている。


この北山の名もない小谷にとり憑かれ、

胸弾ませて彼と通ったあの日々も、

星霜とともに流れ去ってしまうのであろうか・・・



=つづく=


Un maximum de qualités dans un volume minimum.

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