京都市は東山、北山、西山と呼ばれる連山に

馬蹄形に三方をとり囲まれている。

どこからどこまでを西山と呼ぶのかは知らないが、

愛宕山と比叡山とを東西に結ぶ線より北を北山とするならば、

西山は嵐山を北端に、南は大山崎の天王山か、

高槻市との境界のポンポン山までだろうか。


とりわけ国道9号線より南の老ノ坂連山は標高が数百メートルあり、

尾根筋以外には道らしい道も少なく、自然もそれほどには荒らされていない。


京都市側から見るとこの老ノ坂連山の中腹に、

通称「松の寺」で知られる西国二十番札所「善峰寺」がある。

確か「遊龍の松」と呼ばれる日本一の五葉松がある寺で、

その松にあやかってか、

門前近くに俳優松方弘樹の家があるのはよく知られている。


休日の早朝にはよくこの山中まで犬の運動を兼ねて出かけていたが、

沢に近い所では、しばしばヤマドリが

歩いて道路を横断しているのを目撃していた。

非猟期にヤマドリを確認していながらそれまでほとんど出猟していなかったのは、

この連峰には杣道などが少なく、鳥猟には不向きと思っていたからである。

ヤマドリは水のある沢筋近くにいることが多く、

猟は沢に沿って攻めるのが常道である。


京都北山は全国でも名高い杉銘木の産地であり、

沢に沿って林道や細かい杣道が多く作られているが、

西山の主要な道路は中ほどを横断している府道以外には

電波塔の管理道、寺院・御陵の参道があるのみで、

沢筋には道が少なく、渉猟は困難なのである。

歩きやすいからと言って、もし一般道で銃を視線に曝せば、

即刻検挙され、所持許可を取消されることになる。


震災の年、平成7年正月の2日だったか3日だったか、

その日は年の初猟に、満を持して京都市の西に位置するK市へ出猟したのだが、

あいにくK市名物のミルクを流したような冬の濃霧が昼近くまで晴れず、

漸く陽が射して来た時に目に飛び込んできたものは、

あてにしていた猟場が一面ブルドーザーによって掘り返された無惨な光景だった。

工場誘致のため田畑が放置され、荒地となって、

キジやコジュケイにとっては恰好の棲息地となっていた場所であったのに・・・

珍しくキジの群鳥に出遭ったことや、

雪解け水の溜まった湿地で、美しいオシドリに見とれていたこと・・・

数々の想い出深い場面が脳裡に浮かび、次々と消えて行った。


気を取り直して他所へ転じるべく方々駆け廻ったが、

こんな時に限って先客がいたり、獣猟者に入山を拒否されたりで、

意気消沈してしまい山越えで帰路につくことにした。


峠を越えた頃、

以前に市有林近くの湧水のあたりで

雌雄のヤマドリを見かけたことを思い出し、行ってみようと車を向けた。

当時はまだ入口が封鎖されておらず、自由に出入り出来たのである。


入口から5分ほど入った所で先行させていた彼が立ち止っていた。

近づいて行くとその先に、木の枝で作った背丈ほどもある長い杖を持った男がいて、

道から尾根に向かう斜面に顔を近づけていた。

口元から顎にかけて白い髭を蓄えた老人で、

帽子を目深に被っていたので歳のころはよく分からなかったが、

銃は持っていないもののその身なりや所作から、

猟師であることは一瞥して判った。


私が男の方へ近づいて行くと、彼も直ぐに緊張を解き側に付いて歩きだした。

男に挨拶をし、

見切り(猪などの歩行跡の判別等)中であることを確認している間に、

彼は男の覗き込んでいた斜面に向かって進もうとした。

私が慌てて静止すると、

男は「この犬は猪の跡も追うのか?」とびっくりしたように聞くので、

私は「まさかそんなことは・・・」と苦笑しながら彼をリードで繋いだ。

結構話好きの男で、私がヤマドリを探しに来たことに話が及ぶと、

このような話をした。


「府道から北側のこちら方向は今日、明日と儂らが仕切っている。

なんと言う名の犬なのか初めて見たが、

賢そうだし、身体も素晴しく出来ている。

兄さん、いい犬を連れているから府道の南側へ行ってみたら良い。

あまり知られていないが主のようなヤマドリがいて、

今まで何人も挑戦したが歯が立たなかったと聞いている。

早翔ちされて、しかも奥へ翔ぶから何発撃っても掠りもしないし、

尾が長くたいそう立派なので、

つい見とれているうちに悠々と翔け昇って行くらしい。」


場所を聞き出すと私も知っている所だった。

峰の頂上へ向かって300mほどの深い谷が刻まれていて、

この連山で標高が一番高い谷である。

谷の左岸上を沢に沿って送電線の管理道があり、

突当たりには小さな滝のように水が湧き出ている急な斜面があるが、

標高が高く水量が少ないので普段はほとんど涸れている。

管理道はこの谷の突当たりの斜面の上を右から左へ横切り、

頂上へ向かう尾根道に通じており、

上級のハイカーには知られている道である。

以前に行った時にはヤマドリには出会わずに、

まだ真新しい熊が爪を研いだ跡とも思われる傷だらけの木を発見したので、

恐くなり引き返した記憶があった。

当時はまだ平場のキジ猟が主で、

護身用の大粒弾さえ携行していなかったのである。


数年後この山系で、

ハイカーが熊を目撃したことが報じられ、一騒動したことがあったが、

元来この山系は、日本海まで山続きであり、

何ら特別のことでもなかったのである。


翌日に挑戦することを男に告げ、礼を述べてその日は下山した。

夜になってナイフを研いだり、銃の手入れをしたり、

携行する弾種を考えたりでなかなか落着けず、遅くまで寝付けなかった。


次の日は日の出の一時間ほども前に中腹まで到着し、作戦を練リ直した。

谷幅は30m余り、深さ10〜15mくらいだ。

奥へ翔ばれたら全然勝負にならない。

沢降りに賭けるしかなかった。


キジでもヤマドリでも意表を突かれ犬の急追を受けると、

まず殆んどが真上へ飛翔すると考えて良い。

比較的平坦な所に棲んで入るキジの場合なら

その後自由な角度で逃げる方向を選択できるが、

深い谷に挟まれているヤマドリの場合は、

一気に谷を降ることが多いのである。

ただ、その飛翔スピードが半端ではなく、

標高差を利用して隼のように滑空するのである。

その降下スピードは少なくとも120km/hはあるだろうか。

狭い谷で目の前を翔ばれたら、的確に照星の上に捉えるのは難しい。


イメージを何度も頭の中に浮かべて焼き付けた。

初矢は6号、二の矢、三の矢は5号、

いや、二の矢も6号か?・・・なかなか定まらない。


意を決して車を出した。東山の山影はもう朝日に映えていた。

極寒の山道は凍てつき、

まだ陽の射込まない山蔭は暗く冷たい。

2基の100wフォグランプに照らされた路面は星屑のように輝く。

ヘアピンカーブの切返しでは

流れるリアを少し乱暴に立直しながら登って行く。

こんな冬道にもいつの間にか慣れてしまっていた。

作戦を反芻しながら急坂を登って行く。


峠を越した先を左に折れ、

主峰の下まで達すると、左輪を少し斜面に乗り上げ停車した。

エアコンの暖気に当てていた銃の機関部を銃袋の上から掴み、車外に出た。

−5℃位いか、ちょっとブルッとくるが、歩き出せば心地よい寒さになる。


銃袋を襷に肩に負い小用を足した。

いつもとは違ってケージから出す前に彼にリードを付けた。

外へ出た彼は大きく伸びをした後、ブルブルッと全身を振るって

「さあ、やるぞっ!」と言わぬばかりの元気さだった。

前日の鬱憤も溜まっていたのだろう。

時計を見るともう定時の2分前。


勝負は朝一番と決めていた。

どんな鳥でも水を飲まない鳥はいない。朝一番は尚更である。


道と山との境の小川を跳び越え、

リードを持ったまま銃袋を取り払いポケットに詰め込んだ。

私はスキート銃身を持っていなかったので、

ヤマドリ猟には普通より1インチ長めの平筒スラッグ銃身を使っていた。

通常の銃身は遠射にも適応するために強く絞ってあり、

近射では充分にパターンが散開しないのである。

弾は迷った挙句に6号・5号・5号となった。


イメージでは初矢40mの迎え矢、

二の矢は25mのやや追い矢、三の矢は35mの追い矢であった。

二の矢まではクリーン・キル間違いなしの距離である。


弾倉に5号弾2発を押込んで封鎖した。

負皮をやや長めに調節して銃をギターのように抱え、

抜け落ちないようにベースにビニールテープを貼り付けた6号弾を、

薬室に挿込み親指の腹で固定するが、遊底は開いたままにしておいた。

熊対策に胸にはディナミット・ノーベル社製ロットウェル・ブリネッキ・スラッグ弾2発。

右ポケットには映画の接近戦でよく見かけるレミントン社製9粒弾5発、

ベルトの弾挿し最前部にも3発ずつ、ポケットカバーは外したままだ。


右手で銃杷を握りしめ、左手にリードを持ってゆっくりと歩きはじめた。

いつもと違って彼を先行させずに引いて行く。

案の定、風は頂上へ向かって吹き上げていた。

もし彼を先行させれば真直ぐに沢を登ってしまったかも知れない。

追い風の沢を下からまともに攻めれば、

早々に気付かれて容易く奥への逃避を許してしまう。

一筋縄で撃ち取れる相手ではないのだ。

左岸の管理道を行けば匂いを風に運ばれることも少なく、

接近が可能になるかも知れない。

下から攻めるのではなく、彼には上から攻めさせる。

上から攻められた主ヤマドリは奥へは翔べず、

谷降りに逃げるだろう。

私は谷の中ほどで、滑空してくる主ヤマドリを待ち受けるのだ。

これが何度もシミュレーションした作戦だった。


彼も理解していたのか大人しく併行して進んだ。

数cmもあろうかという霜柱が、

歩を進める度にブキブキと音を立てて潰れたが、

こればかりは計算外で、為す術は無かった。

漸く谷の半ばまで来たところで彼を放った。

彼は暫く谷に鼻を突っ込んで様子を窺っていたが、

沢へ下ることはせず、やや早足で管理道を進んで行った。


ここまでは成功であった。

吹き上げてくる谷風に、彼は何の反応も示さなかった。

私たちはまだ主ヤマドリを通り越してはいないのだと確信した。

暫くして私が谷の突当たりまであと100m位のところまで進んだ時、

彼が突当たりから左へ管理道を曲がって行くのが見えた。


そのまま進んでしまえば水場はない。

這われてしまったのか?・・・、時刻を誤ったのか?・・・

やはり失敗か?・・・


彼の様子を窺っていると、

何に反応したのか谷奥の真上あたりで忙しく嗅ぎ回り固執していた。

「あそこだっ!主はまだ谷の上にいるっ!」

そう信じて私が20mばかリ早足で登った時、

彼は突然こちらを向き、谷に向かって四肢を伸ばしたまま静止した。


暫く時が流れたが、

彼は谷から吹き上げてくる風に向かい、

首を突き出し正対したまま微動だにしなかった。

「認定している!!」 私は逡巡した。

今までは谷の大部分が見渡せる場所にいたが、

少し進んだため、谷に張出した樹木の枝で、

彼のいる真下のあたりがブラインドになってしまっていたのである。


進むべきか?、下るべきか?。

意を決して下りはじめた時、彼が一気に斜面を駆け下る光景が目に入った。

広いところでもせいぜい1m位の狭い道を急いで下った。

ところどころの路肩が崩れ、滑落の危険もあった。


見通しの取り戻せる場所まで下った時、

谷の突当たり中空に、はっきりそれと判かる赤い十字架が姿を現した。

尾から先がやけに長く、太い尾筒が朝日を反射し輝いた。

紅のPhoenixはブルブルと身体を震わせながら浮び揚がって行った。

滑空前の高さを確保しているのだった。


「来るっ!」


慌てて負皮から首を抜き、震えながらも慎重に遊底を閉じて安全装置を掛け、

弾倉を開放した後、射撃姿勢をとった。

肩で大きく息をしながら主ヤマドリの飛来を待った。

樹間から垣間見る飛鳥はまるでコマ落しの映像を見ているようだった。


「速いっ!」

最初に主ヤマドリが中空に全姿を現した時にはもう30m位だったのだろうか。

慌てて初矢を放つがタイミングが遅れ、尾羽根のまだ後を撃ってしまった。

二の矢はほとんど真横だったが、イメージとは違って15m位だったろうか、

初矢で跳ね上がった銃身を慌てて抑え込んだが、

焦る気持ちから、照星に乗せる前に撃鉄を落としてしまい、

腹のはるか下を撃ってしまった。


遠ざかる鳥にこれが最後と充分な狙い越しをとり、

差し撃ちのように三の矢を放った。


射撃としては最低の内容であったが、

「外したっ!」と思った瞬間、

主ヤマドリの肩あたりの羽毛がやや乱れ、

その後ブツッという鈍い音とともに、微かな手ごたえが伝わって来た。

主ヤマドリは右肩に異常が発生したかのように右旋回しながら、

遥か下方対岸の斜面に降りて行った。


「ケイ!! Here!!!」


と彼を呼び戻しながら駆け下った。

「斜面を登り切られる前に止めを撃たねばっ!」と

焦りながら降りた辺りを探しては見たものの、

人間の目では冬枯れの山と同じ色の鳥を見つけることなど到底不可能だった。

降りて来た彼に「こっちやっ!」と呼びかけ、自分も進んで斜面を登った。


しかし、この標高で風雨に晒された斜面は風化が激しく、

砂の壁を登っているようで、全く前へ進まない。

何度も挑戦したが、ズルズルと引き戻された。

迂回するほどの余裕は無く、斜面を半ばほど登ったところで体力の限界を迎えた。


かろうじて斜面に根を張った小木に掴まりながら、

「あーっ・・!」と声を搾り出して初矢を悔やんだ。

「あの時、彼が認定の姿勢を見せた時、

上に進んでいれば、主ヤマドリが飛翔に移る瞬間が見えていたに違いない。

三の矢までは無理でも、初矢、二の矢まではまだスピードも出ていないだろうから、

もう少し余裕をもって撃てたのでは・・・


遥か左下で彼が悲壮な声で吠え出したので我に返った。

彼がこんなに連続して猟野で吠えたことはかって一度も無かった。

「私の横をすり抜けて、尾根の向こうに消えていったきりだ。

何であんなところでギャンギャンと吠えているのだ。

前にいる筈なのに・・・」と思いながら、

もしかして甲種の罠にでもかかって身体の自由を奪われているのでは?

ぞくっとする恐怖が背筋を通り抜けた。

しかも声のする方向は少しずつだが移動しているようだった。

罠を引きずったまま歩いているのではないか?

早く外してやらねばと、滑り落ちるようにして斜面を下った。


沢の入り口近くまで戻った頃には、辺りは静寂を取戻していた。

目の当りにするかも知れない残酷な光景を打消しつつ、

彼の声がしていた方向へ向かった。


やや密に繁った潅木の陰にはまだ多くの雪が残っていた。

潅木を抜けるとすぐに彼の姿が眼に飛び込んで来たが、

雪の上で彼はちゃんと四本の足で立っていた。


彼の前には赤茶色の物体が横たわっていたが、その姿に私は驚いた。

白い雪に照り返された赤銅色の物体は兎などではなく

確かにヤマドリではあったのだが、奇妙なことに尾羽根が無かったのである。

まるで巨大な蚤のようで、なんとも不細工な容姿であった。

しかし手にとってみると、

今まで手にしたどんなキジやヤマドリよりも重かった。

まだ暖かく、キジ科特有の乾いた鳥臭が漂ってきた。

「そうか!!」

私は全てを理解した。


対岸の斜面に降りた主ヤマドリは尾根を一気に越え、裏斜面を駆け下ったのだ。

彼はその後を追い左へ廻りこんだ辺りで追いついたが、

右翼しか傷めていない主ヤマドリの走力は全く衰えておらず、

彼は予想外に苦戦し、やっとのことで尾羽根を捉えたものの、

ヤマドリの力が強かったので尾が抜けてしまったのだ。

尾羽根のほとんどが抜けてしまっているのは、

何度も食らいついたがその度に尾羽根が抜け、逃げられたからだろう。

私に知らせる為に、やかましく鳴き続けていた間、

彼はずっと主ヤマドリを追跡し、格闘していたのだ。


「ケイ!! そうか そうか!!

良し 良し、よくやった、よくやった!!」 

私は彼を抱きしめ、何度も揺さぶって頬擦りをし、

唇に貼り付いた羽毛と、飾り毛に付着した雪塊とを手で掃い取ってやった。


この勝負、

三の矢まで放ちながら、這走を止められなかった私は完敗と言えるが、

彼は私の射撃の失敗をカバーして、見事に勝利を収めたのである。


尾羽根のないヤマドリは単なる肉の塊でしかない。

私たちが対決したのがこの山の主だったと証明する手立ては何も残っていない。

尾羽根は見つからず、肉さえ息子たちの胃袋に消えてしまった。

この主ヤマドリとの事、私をおいてケイ以外に知る者はいないのだ。


あれから数年の間、年に何度となくこの山系に出猟し、

他所では何羽かのヤマドリを射獲したが、

この谷ではただの一度もヤマドリを見かけたことはない。


この時のことを今も思い出し、不思議に思うことがある。

市有林で見かけたあの老猟師、

同輩の猟師も見かけず、銃も無線機も持ってはいなかった。

もう気温が下がり始めた時刻からの見切りは不自然だし、

しかも、正月早々にである。


市有林の中をはじめ、この山は私も知り尽くしていた。

入口にも、中にも、彼の車を見かけなかったし、

普通なら同輩が要所要所に詰めているか、

少し開けた所で屯ろして、焚火でもしている筈なのに、

人はおろか犬も、一台の車も見かけなかった。


あの勝負の日も同じように、

私たちがまだ朝の内に山を下りたことを考慮したとしても、

あの老猟師はもとより、

ただ一人の猟師にさえも出会わなかったのである。

私たちが出会ったのは一体誰だったのだろうか?


いくら考えても及びもつかないことだが、

まさか、いや、もしかすると・・・あの老猟師こそが西山の主であって、

ケイと私に勝負を挑んできたのではなかったのだろうか?・・・

そして尾羽根を残さなかったのには・・・ まさか?・・・


ケイ亡き今、

彼の愛娘を伴ってこの山を登る時、

時折私にこのようなくだらない事を考えさせ、

あまつさえ、武者震いまでさせるのは、

果たして何者の仕業によるものなのであろうか・・・


=つづく=


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Épagneul Breton 回想録-3
  
 西山の主ヤマドリを撃つ

回 想 録

ブリタニー・スパニエルの名犬『ケイ』の想い出