彼が来た年の猟期は互いの意見がしばしば衝突した。


単純な地形の猟場では、

車から降ろすと彼は前方へ向き、私を見たまま待機した。

やがて私が歩き出すと彼は先行し物色を開始した。

刈取られた田の縁を畦に向かって鼻を突き出し、時々立ち止ったり、

数歩後退して確認をしながらやや早足で一周して元の場所へ戻って来た。

しかし広大な猟場、複雑な地形の時には彼は進むべき方向を自分で選択しようとした。


私の目から見ると鳥がいかにも居そうな一角が、

彼にとっては決してそうではなかったのか、

私が方角を手で指し示しても彼は自分からは動こうとしなかった。

それでも私が歩を進めると、渋々付いて来て先行し探索するのだが、

見ていると何か精彩に欠け、意欲の感じられない動きをした。

一通りあっさりと探索はするのだが、直ぐに戻って来て、

「鳥はおらんわ!」とでも言いたげな表情で、次の指示を待っていた。

「そんな筈ないやろ。もっとしっかり探さんかい!」と、

私が彼の見落としたと思われる所まで進み、「ここやっ!」と指示すると、

彼はやや大袈裟に跳び込み動き回るのだが、

このような場面で鳥が居たことはなく空振りの連続だった。


最初の年はこのような日々が1ヶ月以上も続いたが、

それでも数羽のオスキジに遭遇し、射獲していた。

彼のポイントは確実で、鳥に這われることも少なく、

予想もしない箇所から鳥が翔び発つことがなかったので、

クリーン・キルが多く回収も良かった。

射獲率は八割程度は確保できていたように思う。


回収の良し悪しで射獲率は大きく左右される。

クレー射撃などでは散弾の2〜3粒も当ればクレーは欠けるが、

生身の鳥ではよほど当りが良くなくては簡単には落ちない。

走力も大したもので人間の足では絶対に追い付けないし、

保護色で遮蔽物などを利用しながら予測のつかない逃げ方をする。

犬が追って行ったのとは全然違う方角から咥えて戻って来ることもしばしばで、

良い犬がいないと半矢鳥の回収は不可能に近い。

半矢ゲームの回収は狩猟者の使命とされているので、

私も彼と一緒に泥と草埃にまみれながら藪を漕いだものである。


この年の終猟期には、地形に明るくない初めての猟場などでは彼の意思に任せ、

彼の選択した方向へ進ませるようになっていた。

1ヶ月余りの間で私は感じ取っていた。

「下手にこちらが場所を選定しなくても、こいつの行きたい方向へ行かせば良い。」

それまで何度となく私は彼に気の向かない場所を攻めさせ、

「ほんまにおらんのか?」とやや疑心が湧いたものだったが、

彼の選んだ方角へ進んだ方が遥かに鳥との遭遇が多いことに気付いていた。

鳥が好んで潜む場所は、地形、植生などの普遍的な条件もあるが、

時刻、風向き、日照の具合、地表の湿潤度などもあるようで、

人間には無理だが優れた犬の場合は、

鳥が好む場所へ足を向かわせる本能的な力を備えているのだと信じることにした。


脚力には自信があったし、猟欲も人一倍だと思っていた。

真冬に軽い猟装でありながら、

全身大汗をかきながら走り、跳び越え、よじ登った。

負けじと彼の後に付いて行くことは、

並みの体力と精神力では及びもつかない重労働だったが、

猟果はそれに比例して上がっていった。

この頃から、犬よりもどろどろ・ずたずたに汚れて帰宅する私を見て、

「いったい、どんな所へ行ってるの?!」が妻の決り文句となっている。


鳥猟の極意は「一犬、二足、三鉄砲」と言われている。

「良い犬を使い、労力を惜しまなければ射撃がそこそこでも良い結果が得られる。」

と言う意味だろうが、期せずしてこれに近づいていたのだと思い起こされる。


この頃には既に彼と私には信頼関係が築かれていたのだと思う。

彼は曲がり角や尾根筋では視線を切らないように待っていたし、

数分間に一度くらいは目前まで戻り連絡を入れるようになっていた。


目的を同じくする者同士が互いを一人前と認め合い、

共通の苦しみと喜びを味わって初めて生まれる信頼感があった。

フランス語の関西弁ではどう言うのか分からないが、

きっと「このオジサン仲々やりよるな! ちょっと真剣に付き合ったろか・・・」

と思っていたことに違いない。


この最初の年を含めて3猟期は京都西山からK市、S町、Y町を中心に

ほとんどキジ猟に明け暮れた。

最初の頃よく見かけた鳥撃ちたちも、年を経る毎に見られなくなった。

銃砲店で仕入れた情報によると、彼は他犬の何倍もの猟果を上げていた。

出猟するたびに獲れるので、私はこのままでは西山にキジはいなくなってしまうと思い、

定数の半分の一日一羽に自制していたが、

それでも圃場整備その他の原因による猟野荒廃でキジが激減したため、

京都北山を中心とした「ヤマドリ」猟に切り替えたのである。


数年経った今でもホームグラウンドである西山では、

初猟の頃に2〜3羽の捕獲にとどめてはいるが、

鳥影は回復しておらず、他に狩猟者を見かけることはほとんどなくなった。


その張本人の片割れである彼は先に逝ってしまい、

私は一人で閻魔大王の前に立たされるのであろうか・・・



=つづく=

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